第28話 最後の暗闇

 芳香剤が「三日後にきて」と言ったあの日から今日で二日経った。つまり明日が約束の日だ。


 ミーナはいつもより明るく、「わたしの目が見えるようになったら、色を教えてね。」とか「わたしの目が見えるようになったら、文字を教えてね。」と僕をしきりにかす。


 楽しげなミーナを見るのは僕も嬉しい……はずなのだが、諸手もろてを挙げて喜べない自分がいることにも気づいている。


 そんな自分が嫌になる。


 僕は最初、目の見えないミーナなら僕と友達になってくれるかもしれないと思って近づいた。そして実際に友達になれた、と少なくとも僕は思っている。


 その時点で人の弱みにつけ込んだクソ野郎であることは自分でもわかっているし、それでもなお目の見えないミーナを助けていると言う事実が、僕がまだミーナのそばにいてもいいんだという安心感を与えていた。それもまたクソ野郎であることはもちろん知っている。


 しかし、ミーナの目が見えるようになったらどうだろうか。


 そしたらミーナは普通の女の子だ。むしろ超可愛い女の子だ。ミーナは優しい。ミーナならば目が見えるようになっても、僕をそばに置いてくれることは予想できる。


 しかしそれではいけない気がするのだ。僕のようなクソ野郎がミーナのそばにいてはいけない気がするのだ。僕はミーナの人生において汚点でしかない。少なくとも、これからミーナが歩むであろう幸福な人生においては。


 ――お前は目が見えない可哀想な女という環境にある人間なら誰でもよかったのか?


 違う。


 いや、かつてはそうだったかもしれない。でも今は違うとはっきりと言える。僕はミーナのことが好きなんだろう。何をもってして好きといって良いのかは今でもわからない。ただ、僕は別にミーナのことが好きではない、という想像をすると、僕の感情が強烈に否定するのだ。


 だからこそ、万が一にでもミーナが僕の姿をみて拒絶した時のことが恐ろしい。僕がミーナの人生の汚点?確かにそうかもしれない。でも同時に、僕はただミーナに拒絶されることを恐れているだけではないのか?


 ミーナ。


 もうすぐ夜が明ける。僕はベッドで眠るミーナを見つめる。ミーナの寝息に合わせて、毛布が上下する。


 今だってそうだ。僕はいつも一方的にミーナを見つめるだけだった。


 僕は明日、ミーナと目と目を合わせるのだろうか。


 それがたまらなく恐ろしい。

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