第16話 お掃除

 クソ男は酒をたらふく飲んで酔っ払った様子で帰って来た。


 片腕クソ男は家に入ってきたときは上機嫌に見えたが、中の様子を見るとたちまち顔を歪めて言った。


「おい、ミーナ。ここに男がこなかったか? そいつは金を置いていったか?」


 ミーナは静かに首を横に振る。


「誰もきてない」


と無感情にミーナは言った。


 クソ男は舌打ちをして「何でいねえんだよ、酒買っちまったよ」とぼやく。そして僕が壊してしまった窓に気がついた。


「んだこれは? やっぱホールのやろう来てたんじゃねえのか? おい、この窓は何だ?」

「わからない」


とミーナは答える。


「わからないじゃ、ねえだろ!」


と言ってクソ男はミーナのお腹に蹴りを入れた。


 膝の関節が悪いのか不恰好な蹴りであったが、小柄なミーナは転がって咳き込んだ。


 ……だいたいわかった。


 要はこの片腕クソ男はミーナを売ったのだ。あのクソ豚ロリ男に売ったのだ。もう何回もそうしてお金を得ているのか、今回が初めてなのかは分からない。いずれにせよこいつを殺す理由としては十分だ。ミーナに蹴りを入れただけでもお釣りがくる。


 ぶち殺してやる。


 僕はなぜかズボンを下ろしながらうずくまるミーナに向かって歩くクソ男の体を触手で掴み、そのまま森の奥まで引きずり込んだ。


 ミーナは咳き込み続けていたし、一瞬の出来事なのでおそらく気づいていないだろう。


 さて、このクソ男をどうしてくれようか。


「な、何だこれはッ……!」


 かと言って僕に拷問の趣味はない。一息に殺してもいいだろう。


「バ、バケモノッ……」


 失礼な。僕にはこいつの方がよっぽどバケモノに見える。


「離せ!」


 さて。


 僕は片腕クソ男の一本しかない大事な腕を捻り切り、両足の膝を叩き折った。膝が本来曲がるはずのない正面に曲がってL字になっている。


 僕はその元片腕L字クソ男を引き摺って森を彷徨い、ザコウルフの群れを見つけると投げつけておいた。ザコウルフ達は最初は警戒していたがクソ男に噛り付き始める。


 一仕事おしまいだ。ミーナのところに帰ろう。



 家に戻るとミーナはまだうずくまっていた。大丈夫だろうか。


「ヌェチャ」


と僕は声をかける。


「……ドゥティ?」

「ドゥボ」

「あはは、私は大丈夫だよ……」


 そうは見えない。


「アッシュも……殺した?」


とミーナは聞く。僕はドゥボとだけ答えた。


 続けてミーナは、絞り出す様に言った。


「ねえ、ドゥティ……。もし私の目が見えていたら、もし私がもっと綺麗だったら、ドゥティは私のこと触ってくれた? 石じゃなくて、ちゃんと、ドゥティの手で。」


 違うんだ、ミーナ。


「あはは、ゴホッ……ドゥティが犬じゃないってことも気づいてたんだ。でも、何でもよかったの。傍で、手を差し伸べてくれるなら。でも、ドゥティは……」


 違うんだ、ミーナ。


 僕がミーナに触れないのは、そんな理由じゃないんだ。それは違うと叫び出したい気持ちで溢れているのに、どう伝えればいいんだ。もどかしさで気が狂いそうだ。どうして分かってくれないんだ!段々もどかしさが怒りに変わってくる。


「ドゥティ、お願いがあるんだ。」


 ――嫌な、予感がした。


「私を、殺して欲しいの」


 ……そうか。


 それがミーナの願いか。


 それがミーナのために僕ができる唯一のことか。


 ミーナが望むなら僕は何だってしよう。


 僕は触手を一本振り上げる。

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