第15話 何もない

「ヌェチャ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ヌェチャ!」

「ごめんなさ……ドゥティ……?」


 ミーナは恐る恐ると顔をあげる。


「ドゥボ!」

「え、ドゥティ? なんで、さっきの人は?」


 ミーナは周りの床や壁の位置を手探りで確認している。今自分が本当に家にいることを確認しているのだろうか。ミーナの手がクソ豚ロリ男の血やら何やらで真っ赤に染まってしまう。


 ミーナは緊張が解けたのか、堰を切ったように泣き始めた。


「どぅてぃぃ、えぐっ、わたし、わたし……えぐっ」


 ミーナは泣きじゃくる。息を大きく吸い込んで、びえーんと泣く。


 僕も泣きたい。


 今ここで泣いているミーナを抱きしめられないことに泣きたい。


 優しく声をかけることができないことが悲しい。


 何があったのか聞くことすらできないこの体を呪う。


 ミーナが泣きながらどぅてぃどこと僕を探している姿を、ただ眺めていることしかできない。


 ひとしきり泣くとミーナは落ち着いたようで僕に何があったか聞いてくるが、それに僕はドゥボとしか答えられない。何があったか聞きたいのは僕の方だ。


 それにしてもどうしよう……。


 とりあえずロリ豚クソ男の散らかった死体を全て吸収して綺麗にした。こんなもの吸収したくはなかったが、他に方法もなかったので嫌々である。


「ドゥティが助けてくれたの?」

「ドゥボ!」

「さっきの人は死んじゃったの?」

「……」


 僕は何も答えられなかった。


「……ドゥティ、ありがとうね」


とミーナは言った。


 その言葉だけで僕は救われた気がした。


 実際状況もよくわからず、うっかり人を殺してしまったが、それでも僕はモンスターではない、人間であるとミーナが認めてくれた気がした。


 いや、この言い方は正確ではない。


 僕はもはや自分が人間であることにはそんなにこだわりを持っていない。


 それもそうだ。僕自身がこんな見た目であることもそうだが、片腕クソ男やロリ豚クソ男でさえも人間なのだ。そんなクソ以下の奴らと一括りにされたくはない。


 それと同時に、僕はミーナにありがとうと言ってもらえる権利なんてないんだ、とも思う。


 襲われているミーナを見たとき、僕はミーナを助けたいという感情よりも、嫉妬の方が大きかったように思う。


 本来は僕がやりたいことを、あのロリ豚クソ男が目の前で繰り広げていることが我慢ならなかったのだ。


 実際にあのロリ豚クソ男が言っていた「舐めて綺麗にしてあげるよ」なんてセリフは僕が言いそうなものだ。


 本当は僕にミーナにお礼を言われる権利なんて微塵もない。


 ミーナは僕に与えてくれてばかりだ。


 ミーナは自分がどうして欲しいかは何も言わない。ここから連れ去ってと言えば僕はミーナをお手製台車に乗せてどこまででも行くし、あの片腕クソ男を殺してと言えば喜んで殺すだろう。しかしミーナはそれを望んでいないのだろう。


 僕にできることなんて何もないのだ。


 ミーナが僕に言う。


「そろそろアッシュが戻ってくるかもしれない。ドゥティ隠れた方がいいよ。」


 アッシュというのは片腕クソ男のことだろうか。僕は結局今回の全貌を全く掴めていない。


 僕はドゥボと答え、森に帰ったふりをしながら窓からミーナの家を覗くことにした。山盛りのザクロは完全に存在を忘れていたのでとりあえず森の奥に隠しておいた。


 ひょいと家の中を覗くと、ミーナは自分の手を洗ったり体を拭いたりしていた。服を捲り上げると肋骨の浮いた胸元が見える。


 舐めて綺麗にしてあげたい。


 僕はミーナの腰に黒い刺青?というよりも魔法陣のような痣があることに気がついた。


 あれは何だろうか?


 ミーナは自分の体を綺麗にしながらさめざめと泣いていた。


 ミーナ……。


 ミーナが体を拭き終わり、部屋の様子を手探りで確認していると、片腕クソ男が帰ってきた。

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