第12話 ミーナに触れる

 次の日、僕はいつも通りミーナを待つ。


 僕は忠犬ハチ公だ。いつもミーナを待っている。ちょっと尻尾が多いだけのハチ公だ。


 昨日は夜の間にちょっとだけ仕掛けをしておいた。ミーナはまだだろうか。待ち遠しい。リコの実だってある。昨日隣街からの帰り道にむしってきたのだ。


 しばらく待っていると、ミーナの家のドアが開いた。


 ミーナ!と思ったが、中から出てきたのは片腕クソ男であった。僕の胸の高鳴りを返してくれ。


 クソ男は足を引きずりながら村の中心部へと向かっていった。あいつ、足も悪かったのか。だが同情はしない。あれだけミーナに酷い仕打ちをした男だ。当たり前である。


 さらに辛抱強く待っていると、ついにミーナが出てきた。


 ミーナはいつも通り木の桶を持って、地面にある木のツルを頼りに歩き始める……と思ったが、歩きを止め、首を傾げ始めた。


 もう気づいたのだろうか。ミーナを褒めてあげたい。


 ミーナは足の先で木のツルをつんつんとしている。いつもと触感が違うからだろう。何せそれは木のツルではなく僕のハンバーグ触手だ。


 ミーナは裸足である。つまり僕はついにミーナに触れたのだ。


 肌と肌で。


 これほど幸福なことがあるだろうか。元の世界も、この世界にきてからも、全て合わせて今が一番幸せな時間であると断言できる。


 今なら僕は死んだっていい。満足だ。


 ミーナはまあいっかと呟きつつ歩き始める。僕の触手をミーナが踏みつける。できる限り硬さを木のツルと同じように調整しているが、ミーナの足の裏でグチュりと僕の触手が音を立ててしまう。


 ミーナは何だろう?と自分の足の裏を触って確認する。次にしゃがみこんで僕の触手を手で触る。撫でる。


 あぁ、ミーナ。今触っているそれは僕の触手なんだ。僕なんだ。木のツルじゃない。


 ミーナは恐る恐ると臭いを嗅いでいる。


 ミーナ。僕は汚い。僕の触手にそんなに口を近づけたらダメだ。


 ミーナは気のせいかなぁと言いたげな顔をしてまた歩き出す。その度に、ミーナの小さな素足が僕を踏みつける。


 ミーナが「ドゥティー」と僕を呼ぶ。


「ヌェチャ、ヌェチャ」

「おはよっ、ドゥティ。」

「ドゥボ!」

「昨日はリコの実ありがとうね。初めてあんなにおいしいもの食べたよ。」


 いつもはリコの実の皮とか芯だけなんだ、とミーナは言う。


「はい、これお礼!」


と言ってミーナは僕に木で編まれた輪っかをくれた。


「頭につけるんだよ。私が編んだんだ!」


 僕なんかのために、ミーナが作ってくれたのか。たとえ天使でもここまで優しくないだろう。ミーナは天使を超えている。僕はハンバーグ触手でそれを受け取る。


「ドゥボ! ドゥボ!」


「あはは、よかった、喜んでくれて」


 ……違う。


 僕は喜んでいる振りをした。あえて明るく振る舞った。もちろんミーナが僕のためにこの冠を作ってくれたことは嬉しい。


 けれども僕は泣き出したい気持ちでいっぱいだった。


 涙を流せたらどれほどよかったことか。少しでも気が楽になったことだろう。嬉し泣きというやつだろうか?


 いや、それも違う。


 やはりこれは悲しいのだ。


 ミーナが僕に優しくすればするほど、僕は自分が人間ではないことが許せなくなる。ミーナと一緒にご飯を食べたり同じ布団で寝かしつけてあげることができない僕が許せなくなる。


 なぜ僕はこんな体で転生したのか?


 なぜ僕はあの時ミーナに話しかけてしまったのか?


 それからの僕は全くと言っていいほど頭が働かず、茫然としていた。ミーナが何かいう度になんとかドゥボと答えるだけだった。


 気づけばミーナは水を汲み終わって家に帰ったようだ。


 せっかく持ってきたリコの実もミーナにあげるのを忘れてしまった。仕方がないので自分で吸収する。


 昨日とは違いそのリコの実は微塵みじんも美味しいとは感じなかった。

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