第2話 命:2[99939]

どうしようもないことっていうのはこの世に何個もあると思うし、それはやっぱり避けられないことなのだろう。昨日、病院からの3.1kmを歩いて帰ってきた弊害により、風邪を引いたらしく大人しく薬を飲んでぐったりとソファーの上でだれている。あーーーーーーー風邪というものは本当に面倒くさいものだ。誰かのためになるでもなく、ただただ俺の邪魔をするだけだ。というか余命99939年でも風邪にはかかるものなんだな。メモしておこうか。「風邪よ早く治れ!」とかって祈ったりして風邪が治ったらいいなと思って祈ったらなんだか体は軽くなって鼻水も咳も出なくなった気がするし、これはきっとまた命を使ったんだろうなと思う。目算3年ほど。

とは言っても、やりたいことなど特になく、それとなく日々をバイトで食いつなぎながら生きている俺の3年など安いものだ。やりたいことも特にないのだ。大人になるとやるべきものってのもほとんどなくなる。宿題なんて出やしない、自分で探せ、それが答えだ。


不死っぽい何かになろうとも、死を実感するのは難しいものだ。生を実感するのも難しいことだ。生きるって大変。


そんな俺にも懐いてくれる犬はいる。俺に跨ってハスハスと息を荒げている。可愛い。

犬ってのはやっぱり最高だな、こんなにも人の気持ちを癒してくれるのは犬しかいないだろ、猫なんて邪道だ。とか思ったけど、こいつは俺が風邪を治した瞬間に跨って来たのだから意外と強かに生きてるのかもしれない。そんなことを考えてると、この犬は俺に跨りながら心の中でも見下してるんじゃないかって思ってしまう。それはちょっと悲しい。

そんな犬のご機嫌取りでもしてやろうと思って俺はその犬にリードをかけ、ドアを開け、久々に散歩に連れ出してやった。

天気は曇りだったけれど3日ぶりくらいの散歩はとても嬉しかったのだろう、尻尾を上げて走り出していく。そんなにスピードを出すなよ、これじゃどっちが散歩させてるのかわかんないじゃないか。俺は犬の後を小走りで追う。ペタペタと走って行く犬。そして横からだった。


俺の犬は俺の眼前で横から走ってきたトラックに思いっきり跳ねられた。体は宙に浮き、鈍い音がしてトラックが止まる。即死。


そしてトラックのドアがものすごい速度で空き、中から男が出てくる、運ちゃんって言える感じの男。とは言っても、跳ねられすぎだろこの街。俺も跳ねられたぞ。なんて呑気に考えてはいられなかった。俺は出てきたその男の胸ぐらを掴んでがなり叫んだ、「何してんだ!どこに目付いてんだてめぇ!!」たかが犬、されど犬。

自分の命はいくら有れども、犬の命は1つ、一度きりなのだ。

「そんな言い方することはないだろう!先に出てきたのはそっちだぞ!!」仰る通りさ、正論だ。だけども抑えられないんだよ。いくら俺が悪いとはいえ、お前は俺の犬を殺したんだぞ?「一時停止守らないで飛び出して来たのはどっちだクソ野郎!俺がどうであれお前は俺の犬を殺したんだぞ!」

命の価値を実感することなんて、生きてることと死んでくことを実感することなんて、俺らが歩いてる日常を一歩横にそれればあるものなのだろう。それも含めて日常なのだろう。受け入れられないことすら含めて日常なのだろう。

酷なことだし、これ以上とないくらいに良くできてるのだ。本当に神様っていうのは怖い。信仰っていうのは、信じたら救われる、ではなく、信じなければ救われない、の方がより効果を持っているのだろう。俺は全力で跳ねられた犬の近くに寄って、ゆっくりと持ち上げた。骨が内臓に刺さっているらしく、動かすだけで苦しそうだ。動物病院に連れて行っても間に合うはずがないのだ。

俺は全力で祈った。全身全霊全骨全血全意思全細胞全感覚で祈った。助けてくれって祈った。俺の命なんかこんなにあってもいらないですって祈った。心の底から。


そして俺はドッと肩に何かがのしかかる感覚に襲われた。次の瞬間、犬は立っていた。ワン!と鳴き、主人である俺をゆっくりと眺めていた。

祈りが通じたのだ、ありがとう神様。などと浸る暇もなく、俺は意識を失った。これなら死んでも構わないかもしれない。

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mei 八下 @i8under

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