第69話

 頭の芯は冷めていた。

 この先にあるのは、多分ただの肉の塊だろう。

 見つけて、肉の塊をもの言わぬ肉の塊に変えて、それで終わり。自分の内にある激情が行き先を得たとしても失われた命が戻ることはないし、きっと後悔に塗れた結末を迎えるのだろう。

 それならば、何のために自分は歩き回っているのか。

 迷いとも言えない心情を抱えて、ターナは先を歩く三つの人影を視界の中央に捉えていた。


 ネアの今際いまわの際に引き出してしまった認識を頼りに、彼を殺した三人の少年を追い、見つけた。

 どうということのない、ただの高校生。不良のような真似をしている様子もなく、三人とも印象としてはむしろ優等生じみた風貌だった。どこにでもいる当たり前の顔で今でも青春とやらを謳歌しているのだろう。

 きっと野良の猫を惨殺したことさえ、仮に余人に知られたとしても勉強のストレスが…などというお為ごかしで見過ごされ、彼らの中ではスリルを味わえた程度の記憶とされてお終いなのだ。

 それはターナの想像に過ぎない。

 だが、駆ければすぐにでも腰斬の骸を三つ作れる程の距離からずぅっと見て、そんな考えが間違いとも思えなかった。

 少なくとも夜の盛り場で酒に酔い、大声で騒ぎ立てる未成年が、何処に出しても恥ずかしくない立派な高校生、であるはずがないだろう。


 (…もういい。あんな奴ら、どうなったって誰が困ることもあるまい)


 何かわけがあったのかもしれない、という最後の一線は越えた。あとは、たぎる復讐心の赴くままに、奔る。

 監視カメラの位置と向きを確認した。後に奴らとの関わりが露わになるのはうまい話ではない。

 ちょうどよく、そんな機械の監視から逸れた場所に三人はいた。いかにも遊び慣れたという風体の、同じ年頃の少女たちに声をかけている。

 身だしなみも悪くなく、見た目だけはお坊ちゃん然とした彼らに、同じく三人組の少女も悪い印象をもった風でもなく、これからカラオケだかなんだかに行こうか、という話にでもなったようだ。


 気をつけろよ、そいつらはゲラゲラ笑いながら猫をいたぶって殺めるような輩だぞ。


 酷薄な笑みを浮かべつつ、その一団に近づく。正直、こんな存在と意気投合するようなバカな女がどうなろうと知ったことではなかったが、後で騒ぎになってもつまらない。


 「邪魔だ。どいてくれ」


 男三人組、女三人組の間に割って入り、去り際にそれぞれに異なる認識を残す。

 それは思っていたよりもずっと、上手くいった。

 少年の三人は魅入られたようにその場からふらりと立ち去り、悪くない一晩の遊び相手に不意に捨てられた少女三人は、愛想のいい仮面を捨て去って男どもの心変わりを口々に罵っていた。

 首を僅かに巡らして上手くいったことを確認し、ターナは進路を変える。後ろの三人はそのまま直進し、行き先を違えたように、余人には見えたことだろう。




 ヒトはそれぞれに意図を持って移動する。

 そして、どこにでも人間がいそうな大きな街であっても、そんな流れが淀んで真空のように人の気配が絶える狭い場所が生まれることがある。

 ターナは、認識を逸らすことで意図的にそんな場所を作れる。簡単な人払いのようなものだ。

 …三人の少年が、猥雑な明るい街並みから少し逸れた裏路地に、ターナに持たされた認識に従って誘導されてきた。他者の意図を自身のもののように錯誤して動く彼らは、その行動に不審を抱かない。

 そこは、繁華街と住宅街の混ざり合ったような、静かではあってもさして遠くも無い場所だ。

 物陰と言えなくも無い、狭い袋小路に行き当たり、ようやくどうしてこんな場所に来てしまったのかと訝しむ。

 それは気のせいだろうと気を取り直した時。


 「待って、いたぞ」


 厳しく感情を押し殺した声がかけられた。

 振り替えるとそこには、繁華街の街明かりが洩れてきたような光を背にした人影がある。

 逆光のような形でその姿はよく見えないが、少年たちよりも明らかに低い背丈が一人分しかなく、彼らにとっては不吉な響きであろうはずの低く凛とした声にも、まだ警戒する気色は少年たちに生じてはいなかった。

 だが。


 「…もう一度だけ、確認する。五日前に下北沢で猫を殺さなかったか?足の白い、黒猫だ」


 その事実を突き付けられ、少年たちは、まだ顔の見えない相手が何を意図しているのかを、ようやく理解した。

 警察?補導員?どちらにしても、家庭や学校での立場を失いかねない糾弾だ。はいそうです、と首肯するわけにもいかない。


 「し…知らない。それよりお前誰だよ?警察…じゃないな」

 「おい待て、こいつ女だ」

 「女…?」


 そんなやりとりを聞いたターナの口元に笑みが浮かぶ。もちろん、愉悦を覚えたのではなく、相手が女だと知って侮る気配を急に増した浅はかさを、嘲る気持ちからだった。


 「答えを聞いてないんだがな。五日前に貴様たちは猫を殺したか?と聞いているんだ。目を潰し、内臓が破裂するまで蹴り上げ、挙げ句の果てに四肢に釘を打ち付けたんだ。抵抗出来ない相手にこれだけのことをしておいて忘れたというのなら、まったく見事な図々しさだと褒めてやる。それで、どうなんだ?」


 ここまで言われて相手が自分たちに抱く感情の向きがどちらにあるのか気付かぬほどには、愚鈍でなかったらしい。

 だが、女一人が相手と甘く見てとる態度など、決まり切っている。

 シラを切るか、威丈高になるかのどちらかだろう。


 「は、ははっ、忘れたもなにも…僕たちがそんなことするように見えるかい?これでも勉強で忙しいからね。なあ?」


 そして、三人の真ん中でターナの正面にいた少年は、シラを切ることを選んだらしい。その少年は三人の中で最も背が高く、見るからに才気走った色白の細面に黒縁の眼鏡をしていた。リーダー格なのだろうか?

 …いや、とターナはそんな見方を否定する。

 こいつらは、仲間とかそんなものではなく、一人でいることも出来ず、かといって彼らなりの経験や思索を重ねて友誼を深めることも出来ない、表面だけの関係性しか持ち得ない間柄だ。

 怯えた目付きで中央の少年とターナに視線を交互に向けている両隣の二人を見れば、認識など捉えなくても簡単に分かる。


 「そ、そうだなー…なんかさ、その猫がかわいそうなのは分かるけど、警察に言った方が…いいんじゃないか?」

 「ああ、なんだったら犯人捜すのも手伝うよ?女の子だけでやったら危ないしさ…」


 最初に口を開いた少年に便乗して、さらに自らの品性に相応しい言上を上乗せする様を見れば、尚のことというものだ。


 「聞いてもいないことを答えなくてもいい。やったか、やってないか、それだけを言え。言っておくが嘘などついてもすぐに分かるぞ。わたしは嘘を見破るのは得意なんだ」

 「………」


 革ジャンのポケットに両手を突っ込んで仁王立ちでいたターナだったが、ここでようやく一歩を踏み出す。自身の言葉に意志を込めたことを示すために、だ。その解釈は相手次第というところだったが…。


 「や、やったっていうならどうするつもりだよ!」


 虚勢を張る決心をつけさせただけの、ようだった。


 「どうする?そうだな、丁度お前たちは三人だ。一人は目を潰し、一人ははらわたをぐちゃぐちゃにし、一人は手足を釘で穿ってはりつけにしてやろうか。どれがいい?どれも貴様らがしでかしたことだ。文句を言える筋合いでは、ないだろう?」

 「やってないって言ってんだろ?!おまえ頭おかしいんじゃねえのか?!」

 「おい、待てって。女一人にそんなビビらなくても大丈夫だって」

 「…けど、こいつマジにヤベぇこと…」

 「ちょっと俺に任せろって。なあ、あんた。嘘じゃないところを教えてやるよ。本当かどうかは分かるんだろ?」


 中央の少年に比べるといくらか粗雑な印象の、両隣二人が言葉を交わしていた。

 何を言い出すのかと、感情のこもらない目付きでターナがじっと見る中、引きつった笑いを浮かべながら一人が話し始める。


 「あんさ、最初に言っておくけど…俺らもそこまでするつもりはなかったんだよ。あんた俺らより年下だからわかんねーかもしれないけどさ、大学受験のストレスってのはすごくてなあ、ついちょっと、な?なんかこう、ノンビリと気楽に生きてる猫見たらムカついてさ?あー、ちょっとちょっかい出すだけのつもりだったのになあ、あの猫がこう、ガリって。ほら見てくれよこの手の傷。ひとを引っ掻くような猫をほっといたら危ないだろ?だからちょっと、ちょっとな?お仕置きしてやるのが善良な市民の義務っつぅかぼぇっ?!」


 それ以上、ネアの死を汚すような口を利かせることに我慢が出来ず、一間はあった間隔を瞬時に縮め、鼻も潰れろとばかりに顔面に拳を叩き込んだ。

 返り血が跳ね、それをさっと避けて距離を置く。衝動的に暴力を振るったことが信じられなかったが、後悔は無かった。

 そして自分の拳をじっと見ると、ジャンパーの袖口に真新しい傷が目に入る。ネアがつけた傷だった。手に入れてまだ間も無い頃、初めて自分の膝に乗った猫に感激して撫で回していたら、しつこいとでも思ってか爪を立てられたのだ。

 大事なものに傷をつけられて怒りもしたが、真面目に猫とケンカしているターナを大家さんが呆れて仲裁に入ってくれたものだ。


 「おっ、おまえやっぱりおかしいぞっ?!正直に話せっつぅから話したら殴ってくるとかキチガイかよ!」


 拳を使ったことに戸惑っているとでも思われたか、殴られた仲間を介抱もせず、ターナに罵声を浴びせる。

 流石に背の高い眼鏡の少年は同調するようなことはないものの、へたり込んで怯えた目を、ターナに向けていた。


 「………釘まで用意しておいて、そこまでするつもりはなかった、か。笑わせる。せめて、悔恨の一言でもあれば許せるかもしれない、許せなくてもわたしの胸の内にしまっておけるかもしれないと思って…いたんだがな」


 激情を冷笑に紛らすのもそろそろ限界だった。

 確かにターナが殴りつけた少年の言うことは事実だ。なお怒りを増すことに、本気でそう思っているのだ。

 三人の男が、猫を捕らえ、そのことに罪悪感を全く覚えずに、ゲラゲラ笑いながら、命を潰した。

 ネア、と口の中で名前を呟き、自分の目はどうにかなってしまったのではないか、と思う程赤く狭い視界の中央に見据えた三人は、必死に懇願する。


 「え、ええ……?な、なんだその………ああいや、分かったよ、悪かった!ほ、ほらお前も謝っとけ!」

 「ごめ、ごめん、勉強が進まなくてイライラしてたんだよっ!母さんは勉強しろしろうるさいし今まで僕より成績悪かったやつらはなんだか調子のりやがって僕をバカにするし!だから、だから僕は悪くない!」

 「いで…いでぇ……ぢぐじょう、いでぇよぉ……」

 「ほっ、ほらもう気が済んだだろ?俺らが悪かったから、だから勘弁してくれぇ……」


 小便を漏らしながら後ずさりする者、地面に両手をついて土下座じみた格好になる者、鼻血の止まらない顔を押さえて泣いている者、それらを見ながらターナは歯を食いしばり、言う。


 「……ネアは」


 それが聞こえた三人は、身動きを止め…いや、体の震えを必死にこらえながら、ターナの声を聞こうとする。謝ったのだから許してもらえる、家に帰れる、と期待しながら。


 「……誰がお前をこんな目に遭わせた、と聞いても何も言わなかったんだ。ただ、ありがとう、とわたしに伝えてそして、逝った。それだけだったんだ。苦しかっただろうに。痛かっただろうに!…でも、わたしにありがとうとだけしか、言わなかった。言えなかったんだ!もっともっと、あいつと一緒にいたかった!わたしに、あの街のひとたちに喜びをもたらす存在だったんだぞあいつは!!」


 「だから、だから俺たちを殺すってのかぁっ?!お前やっぱりキチガイだろ!」

 「……ひっ、ひぐっ、…」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ………」


 ターナはもう、目の前の三人を見ていない。己が内にある感情をしか、認識していない。

 失われた小さな命。寄る辺の無かった自分が身を寄せた街で出会い、ほんの短い時間、心を通わせんと奔走した。

 楽しかったと、思う。

 悼みより懐旧に似た想いが胸を占めている。

 不思議なものだ。言葉を交わすことの出来る人間よりも、戯れに心を訪ねて辛辣な一言を受けた、言葉を解さない猫に抱く気持ちの方が、今はひどく温かく感じる。

 だからきっとターナは、ネアを失ってから初めて、泣くことが出来たのだろう。


 一筋、二筋。

 二つの眼から涙を流し自分たちを睨むターナを、三人は何も言えず見上げている。そこに悔恨や贖罪の気持ちがあったのかどうか。

 自分の涙に気がついてそれを拭い、鬼の形相に転じたターナにとっては、最早どうでもいいことだった。


 「………ネア。仇は、とってやる」

 「ひっ?!」


 それぞれに短い悲鳴を上げ、あるいは完全に失禁して気を失った者も含む三人を前に、ターナは右手を下げて何かを唱え始めた。

 それが続くにつれて粒子状の光が顕れ、下げた手に集まり、何かの形を成し始めた時。


 「待った待った待った!………良かった、間に合ったっ!!」


 …どこか平和な響きの、けれど必死な調子も伴った声をたてつつ、闖入してきたものが、いた。



    ・・・・・



 語り終えたターナの横顔を見る音乃の表情は、そっぽを向いたターナからは見えない。

 怒っているのか悲しんでいるのか、それとも呆れているのか。

 音乃の性格からしてどれもありそうな気はするが、どれが一番いいか?と自問して答えを用意し、姿勢を正した。


 「………よかった」


 ふふ、と笑みが洩れる。

 そうだな、音乃は、そういう奴だ。


 「ターナがこの世界で、激情に駆られて誰かを殺めるようなことがなくて、本当によかった」

 「…うん。わたしも今は、心の底からそう思う。当時は割と恨み言も言ったものだけどな」


 ターナが今しも三つの骸を作ろうとした時に駆け込んできたのは、その後世話になることになる事務所で当時外回りを担当していた若い男だった。

 曰く、外国人の少女が凄まじい形相で三人組の高校生を捜し回っている、という話を聞きつけて、ターナを止めようとしていたのだそうだ。間一髪間に合って惨劇は回避された、というところだったが、復讐を邪魔されて逆上したターナに糾弾され、目を白黒させていた青年は、ターナと入れ替わるようにして新宿を出て行き、今どこで何をしているのかは知れない。

 まあそれでも縁はあったのだから、いつかどこかでばったり再会したりしないものか、と心待ちにしているのも事実だったが。


 「…でもさ、やっぱりすっきりしないところはあるよね。その三人って結局どうなったの?」

 「…知った方がすっきりしない気もするが…聞いた話では、他にも動物虐待の余罪があって、警察だか家庭裁判所だかの厄介になったらしい。…動物虐待は見過ごしていると、後々重大な犯罪につながりかねない、とカタクラさんに聞いた」

 「みたいだね。私もその話知ってる。あ、でもさ」


 と、出口に向かって歩きながら音乃は尋ねる。


 「…水族館って結局どーなったの?今の話には関係無かったみたいだけど」

 「そっちは別の話だ。事務所に入って初仕事の時の、な」

 「へー。聞かせてくれない?」

 「……派手な失敗談になるからイヤだ」


 こればかりは勘弁しろ、とむっつり黙り込んでしまったターナに音乃は続きを聞かせろとせがむのだったが、本当に嫌がって結局うやむやにしてしまったところを見ると、大分手酷い失敗だったようだ。

 けれど、その話だっていずれは聞かせてもらえることだろう、とかえって楽しみが増えた気もする。

 こうやって、互いにいろいろな話をしていくのは本当に心楽しむことだ。


 「…ターナの青春第二章かくの如し、ってことかあ。そのうち第三章も聞かせて欲しいな」

 「なんだそれは。第一章とか第三章の定義とか、お前の中ではどうなってるんだ」

 「第一章、ターナの生い立ち。第二章が今の話で、第三章は…ええと、それから私と出会うまでかな。第四章が…」

 「お前とこういう仲になるまでで、第五章から先は…」

 「これから一緒に作っていければいいな、って思うよ」

 「だな」


 にこりと笑い、手を繋ぐ。

 そういえばもうすぐ背は追いつかれそうだ。きっと自分なんか越していって、すごくかっこいい女の子になるんだろうな、と繋いだ手の温度を感じながら、音乃は思う。


 「…別に音乃を置いて行ったりしないから、安心しろ」

 「心読んだよーなこと言わない。ただでさえターナはそれが出来るんだから…まあでも、私の思うことを理解してくれるのは嬉しいよ」


 そう言うと音乃は手を離して少し身をかがめ、悪戯っぽい表情でターナを上目遣いに見る。そんな表情にドキリとし、内心を誤魔化そうとターナは逆襲を試みた。


 「…ふん、だったらわたしの思っていることも言い当ててみろ。音乃なら出来るのだろう?」

 「……うーん、そうだねー…」


 あごに人差し指をあてて考え込む仕草。年齢の割に少女っぽいところの多かった音乃が、ここ数日とみに大人の女性らしい魅力が増したように、なんとなく思えた。


 「…別れる前に、もー一度シテおきたい、かな?」

 「おっ、お前なあ………」


 あまりにも明け透けな物言い。けれど、実はそれほど違わないことを考えていたターナは顔を赤くして歩みを早め、顔を見られないようにするのだった。


 「やーいやーい、ターナのすけべー」

 「うるさい、ばか音乃。それ以上言うともう抱いてやらないぞ!」

 「最初にしてあげたの、私の方じゃんかー」


 誰かに聞かれたら街を歩けなくなりそうな会話は、追いついた音乃が腕を組んできたことでなし崩し的に中断し、そのままの格好で二人はエントランスに戻ってきた。


 「あ」

 「え?」

 「げ!」

 「へ?」


 …そして、そこに見知った顔を見つける。

 今日は昨日知り合った地元の子たちと遊びに行ったと思われた蒔乃が、そのうちのひとりらしき少年と二人で、ちょうど入ってきたところだったのだ。


 「………ね…ねの…ちゃん?あ、あのっ、これこれ…これわじつわっ!」

 「……あー、昨日はどーも。妹さん、お借りしてマス」


 そして、まさかこんなところで会うとは、としろどもどろになる蒔乃とは対照的に、少年の方は落ち着いた様子で如才なく音乃にあいさつをする。

 こういう時、度胸の据わっている男の子は頼もしい。

 ターナも交えて自己紹介をしているうちも真っ赤なままだった蒔乃の顔を見ると、素直に応援してあげよう、という気にもなるというものだ。


 「…まーき。あとで家族会議、ね?」


 口にしてはいつかの復讐のようなことを言っていたけれど。


 「だから待って!これっ、これ誤解だからっ?!」

 「…ひでーなー、蒔乃は。昨日誘ったらあんなに嬉しそうにしてたくせに」

 「ねつ造するなリュウ!うっ、嬉しそうにとか…そのー……」


 出会って二日目で名前を呼び合うよーな関係になっておいて、何を言っているのだこの妹は。

 そんな意図でもって、二人を生温かい視線で眺めると、蒔乃は言わずもがな、リュウと呼ばれた男の子の方も、流石に気まずそうに鼻をかいていた。


 「…私たちはまわってきたから、ゆっくりしてきていいよ。あ、でも帰る時間に遅れないようにね。遅れたら…ま、てきとーに誤魔化しとくから」

 「そういうこと言うなばかぁっ!」

 「ふふ、マキノ、頑張れよ」

 「ターナが何を言ってるのか分かんない!」


 ま、からかうのはこれくらいにしておくか、と、音乃は男の子の方に「マキをよろしくね」と物わかりのいい姉として声をかけ、ターナの方も…今度は隠れるつもりもなかったのか、少しぽーっとしてる少年にいたずらっぽく笑いかけ、そしてその場を立ち去った。

 …その後ろで、何だか蒔乃が男の子に文句を言っているようだったけれど。




 「さぁて、休暇は終わり、ってところだな」

 「ん、そうだね。私はもー少し夏休みが続くけど」


 少し傾き始めた午後の日差しを受けて、二人は大きく伸びをした。

 大分長く話をしてしまったけれど、今はそれがどれだけ貴重な時間なのか、分かった上でのことだ。


 「まあそれに文句を言うつもりもないさ。それより音乃、一つ頼みがある」

 「ん?なになに?やっぱりシテおく?」

 「違う、ばか。あ、いや少しは名残惜しいが…じゃなくてだな。ネアの墓参りをしてやってくれないか?」

 「え?ネア…ちゃんてお墓あるの?」

 「ああ。共同のペット霊園だけどな。大家さんが弔ってくれたんだ。実は一度も行ってなかったんだが、音乃に話をしたら行ってやりたくなった。今は無理だから、代わりに行って欲しい」


 音乃のみたところ、ターナは墓参りなどという行為にさして意味を見出す性質ではない。

 けれど、意味の無いことを無意味だと切って捨てず、それでもやりたい、誰かに託したいと言い出せるのは、成長と呼べるのではないか。そう思う。

 そして、身の置き所を見定めて得た出会いにそう思えるようにターナを導いた存在に、音乃は感謝したくなった。

 だから、ターナに言われて行くのではなく、自分がそうしたいと心から思って、応える。


 「…いいよ。でも、ターナの代わりじゃなくて、私が行きたいから、行く。ターナは自分で時間を作って、ちゃんとネアちゃんに会いに行ってあげて」


 意外なことを言われたかのように、一瞬きょとんとするターナ。

 だがすぐに顔は晴れ。


 「そうだな。会いたいから会いに行く。そんなことが簡単に出来るのは、わたしの喜びだ。ネァリィリルクァ…本当に、あいつにぴったりの名前だ」


 かつて彼と同じく在った空を見上げ、言うのだった。

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欠けた音とターナの空 河藤十無 @Katoh_Tohmu

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