第二部・彼女たちの物語

五章・二人のそれぞれ

第53話

 (………暑いっ!)


 新幹線を出てホームに降りると、叫ぶように文句を吼えた。一応は内心で、だったが、


 「一体この暑さは何なんだ…?」


 流石にこれだけは口にするのを止められなかった。

 新幹線の中は比較的快適だったように思うが、警戒感もなく寝転けたまま到着した新潟駅で、車掌に起こされたのはいくらなんでも不覚をとるにも程があるというものだ。

 だから暑いだのなんだのといった不満は、そんなターナのちょっとした自嘲ようなものなのだろう。

 ホームからエスカレーターを下り、空調の効いたコンコースにでると一息つけて、そして気の抜けた自分の有様を省みる余裕くらいは生まれる。


 (全く…出だしからこれでは先が思いやられるな)


 ピシャリと自分の頰を叩いて気合いを入れ直したターナのすぐ脇を、出張帰りと思われる若いワイシャツ姿の男が、怪訝な顔で通り過ぎていった。土曜日だというのにご苦労なことだ、とターナもその後ろ姿を見送ってから、改札を出た。




 ターナがこの地を訪れた理由は、マリャシェの姿を追ってのことなのは当然だったが、それ以外に気になることもあったからだ。

 まさか、という疑念はもちろんある。が、それを言うなら既にマリャシェという前例もあるのだ。

 だから、捨て置くわけにもいかないと、今は二つのことを追っている。

 苦労性なことだ、と自分でも思う。背負わなくてもいいものを選んで背負おうとしているのかもしれない。

 けれど、例えば音乃と出会えたことはそれによってもたらされた僥倖だとも思う。


 (…一応、知らせておくか)


 音乃のことを思い出し、ふと連絡してみる気になった。

 電話でならついさっき話したばかりだ。LINEで十分だろう、とスマホのアプリを立ち上げて、今着いたことだけを簡単に送信した。

 即座に返信。

 なんだあいつは、寂しがりにも程があるだろう、と穏やかな苦笑を浮かべながら、音乃からのメッセージを確認する。


 【次帰ってきたら覚えてなさい】


 ………。

 何だこれは、とついメッセージを読み返す。読み違える可能性など無いくらいに簡潔な内容だ。

 謂われもなく復讐を誓われることなど心当たりもない。だから、いつもよりも大分早いスピードで返信のメッセージを打ち込んだ。


 【どういう意味だ】


 即座に既読になった。あいつずっと画面睨んでいるのか、と呆れるうちにすぐに再返信。


 【ごめん、ちょっと八つ当たりした。体に気をつけて、がんばって】


 (…………)


 流石にこれにはターナも面食らった。

 自分は何か怒られるようなことをしたのか?そしてそれは音乃の機嫌がすぐに直る程度のものだったのか?

 いろいろと考えては、みた。

 が。


 (分からん…さっぱり)


 恋人同士、と呼べる関係になってからは日が浅いが、相互の理解は重ねた日数よりもはるかに深いものだという、自負はある。それでもなお、音乃のこういうところは理解に苦しむ時はあるし、けれどそれが最後には理不尽なものでないことも分かっているから尚のこと、何か自分に落ち度があったのか…?と真面目なターナとしては、考え込んでしまうのだ。

 もっとも今回に限れば、音乃が自身で言ったとおりにただの八つ当たりだったわけだが。


 「…まあいいか。あいつが納得してるなら」


 落ち着いたら土産ものでも送ってやるか、それとも自分が一度戻る時に買っていってやろうか、とコンコースの土産物屋で「笹団子」なるものに興味を示しながら思うターナだった。

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