二章・君が君である限り
第11話
「ううん…本当にこれでいいんだろうか……」
二十三区の外、といってもターナにはピンとこないが、それでも自分が主に活動する街とはなんとなく空気も人のまとう気配も違うように思える、東京近郊の某市。
その更に外れにある、大きいだけが取り柄の古い木造住宅をぐるりと取り囲む門塀の、玄関と思しき門の前で一人ターナは首を捻っていた。
とはいえ、流石にこの世界の住人ではないターナでも住居の出入り口かどうかくらいは、見当が付く。別にここから入っていいのかどうかで悩んでいたわけではない。
「困った。本当にこれで失礼は無いんだろうか…」
右手に提げたフルーツの入った大きい
招かれて訪れたのはいいが、土産のひとつも持っていった方がいいと思い、駅を降りたところで適当に入った店で「見舞いになるようなものを」という適当な注文をしたら、持たされたものだった。どうも、病院にでも見舞いに行くのだと勘違いされたらしい。日本語、ムズカシイ。
「…とは言え、いつまでもこうして立ち尽くしている場合でもない。呼び鈴は……ないな。ええと、こう、扉を叩いて音で知らせるヤツも……ないな。ええい、どうすれば住人を呼び出せるのか…」
「フツーに『ごめんくださーい』でいいんじゃないかい?」
「え?」
見上げると塀の上から、咥えタバコの気だるそうな女性が、こちらをのぞき込んでいた。
・・・・・
「そ、そうだな……来てもらってばかりではなんだ。たまにはわたしの方から…あー、…あ、遊びにいっても……いいか?」
発端はそんなターナの一言からだったと思う。
時期は一部を除いて日本中が浮かれまくる、四月の終わりから五月にかけての、いわゆるゴールデンウィーク。
ターナが日本に来てどれくらい経つのか、考えてみたら音乃はそれを聞いていなかったから、春の連休、という概念を説明する要があるのか無いのか、というと一応は知っていた様子だった。
そしてターナ自身にとってそれがどんな日となるのか…といえば。
「うん?昼の方も夜の方も客はこの国の者が多くなるからな。わたしは半分くらいは休ませてもらえる」
とのこと、らしい。
それならターナはどう過ごすのか音乃が聞いてみたところ、斯くの如き返事が、なんとも遠慮深い声で戻ってきたという次第なのだった。
『もちろんいいよ。っていうか、ターナだったら大歓迎するから。あ、早速今日来る?』
「急かすなバカ。わたしにだって心の準備というものがある。あー…来週…というか、次の日曜日で、いいか」
『おっけー。じゃあ待ってる』
「うん」
と電話を切ってから、場所を聞いていないことに気がついたのは、二人揃って間の抜けたことだったが。
「そいで、おたくどちら?っていうかその髪自前?えらくキレーだねぇ…」
「あ、ああ。こちらにカシミヤネノという女性が住まっていると思うのだが…」
「うん?樫宮の客かい?珍しーなー、あいつに来客が相次ぐなんて。あ、ちょっと待ってなー」
と、回想していたターナが我に返って来意を告げると、さして高くもない塀の上から降りたか、女性はタバコを咥えたまま屋敷の方に歩み去って行ったようだった。
「…なんなんだ。あいつも妙な同居人がいるものだな」
自分を棚に上げて感心するターナ。まあそうは言ってもターナをほったらかしにもしなかったのだから、面倒見はいいことなのだろう。
「ふう…」
その、音乃の同居人、と思われるとっぽい印象の女性を待つ間、ターナは塀に背を預けて空を見てみる。
「…ここも、空の色は同じなのだな」
自宅の近所から見る空。
音乃の住む町で見上げる空。
それから、自身の故国で見知った空。
どれも同じことが、可笑しく思える。
一つ処にこだわる性格でもない、と自分でも思う。
仮にそうであれば、竜の娘としての在り様に疑問を持ったといえど、故国を捨てて異界に飛び込んだりはしなかったことだろう。
それが今はどうだ。
故地においては禁忌じみた異世界で糧と知己を得て、かえって人らしく過ごしている。
「ふふ、面白いものだな」
我が身の変遷に諧謔を覚え、そして今は友と呼べるひとを、待つ。
…そういえば、遅いな、と。
「…あ、しまった。電話すればよかったのか」
慣れないことはするものじゃない。
なんとなく、そう思ったターナだった。
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