第32話 男の涙 下

 その顔らは、タイロンの名前を読んで…消えて行く…そして…


 「タイロンさん、よき友は去ったんです。そして、タイロンさんは、この世界にあらがうチャンスを貰ったんです。そのチャンスを…僕と楽しみましょう」と言いながら、アサトは右手を出した。

 その手は小さく、そして、しっかりとした作りに見えた。

 タイロンは…その手を…。


 涙が溢れていた…その手は小さかったが…暖かかった…。


 「…おれは、どう生きて行けばいいか…、狩猟者以外の生き方は…、もう狩猟者に染まっていたんだ、仲良くしようと思っても…だれも信じられないんだ…また…」と大粒の涙を流す。

 「大丈夫ですよ、だって…アサト君は…わたしの代わりに、あの人に刃を向けてくれたんですもの…」とシスティナが肩に手を置く。


 涙で前が見えなかったが…よく見ると、その少年は、あの時の少年のような感じがした

 「お前は…レインに…」と言うと、アサトは照れくさそうに言葉にする

 「えぇ~~、ちょっと後悔してましたけど…、なんか…、もういいやって感じで…思っちゃって…」と頭を掻きながら笑う

 「…ジャンボ。我々のパーティーは、わたしとアサト、そして、システィナの3人。後ろの二人は、メインアタッカーであるアサトの師匠…代理的な者で、兄弟子だ…」と言うクラウト。

 タイロンは後ろをみる。


 冷ややかな目の男は、レインの一件でアサトを止めた男だと気付く、そして、その隣の男は、レインから金色に輝く甲羅虫の甲羅を取り上げた男と分かった。


 ついて行って…いいのか…。


 「君の不安は、今すぐには払拭出来ないだろう、でも一昨日から君は、我々と一緒にいてどう思った。あれは、今我々がやっている事だ。」と言い、メガネのブリッジを上げる、そして

 「あれが、今、我々が出来る精一杯の事だ。君がどう感じたかは関係ない。我々は背伸びをせず、着実に前に進もうと思っている。」

 すると、システィナが微笑みながら言葉にした

 「だって…わ…わたしたちは…よ…弱いですから…」と…。


 タイロンは思った…。

 農場で、2本の木刀を振って攻撃してきた少年。

 だが、その攻撃は、遊んでいる訳じゃなく真剣に…振っていた…事を…。

 そして、ただ…掃除をしていただけなのに、食事を食べさせてくれて微笑んだ少女…。

 天井に、頭がぶつかりそうになった時の驚いた顔と笑った顔…。

 あれは紛れもなく、いつも通りに過ごしている顔…。

 昔の仲間もそうだった…、戦闘の訓練をしている時も…。

 日常を過ごしている時に交わした笑顔も…、こんな感じだった…。

 思い出せば…、………。


 タイロンは立ち上がる。

 その大きさに、アサトとシスティナが小さく声を上げた。

 手を放し、タイロンは大きな掌で何度か頬を叩くと、目を閉じて頷く。


 「よき仲間は去った…、俺は…生きている。それは、この地で生きるチャンスを貰ったんだ、あらがうチャンス…。なら、そのチャンス…楽しもう!…お前らを…信じて…いいんだな…」と言いアサトを見る。

 アサトは大きく微笑み、そして、大きく頷く。

 「なら…。俺はお前らを信じる。そして、お前の盾になり、思い切り戦おう…。この先にどんな敵が現れるか分からないが…俺は、お前らの盾になり、そして、俺も強くなる。」と言い、再び、大きく黒い肌の手を差し出した。

 「あ…はははは…」とその手の大きさに小さく笑いながら、がっしりとその手を握る。


 「お願いします。タイロンさん。こんな僕ですが…、ただ僕の生き方を決める為の旅に突き合わせてしまい…ほんとにごめんなさい。でも…よろしくお願いします。」と言い、手を握ったままで大きくお辞儀をした。

 「…あぁ~、俺も、この旅で、自分の生きるべき道が見つかればいい。」と笑う。

 「おいクソ眼鏡。大事な事を言ってないぞ」とアルベルトが腕組みをして、冷ややかな視線をクラウトに送って言葉を発した。

 クラウトは、メガネのブリッジを上げて頷く


 「…これは、先の話だが、今聞いた現実から逃げられない。今なら逃げてもいい、ただ言えるのは、その現実に立ち向かおうとしている、彼らがいる。それをどう見ようが構わないが、私たちが今までやって来た事に比べれば、数段レベルの高い案件になるだろう。相手は魔物でも、最上位クラスを相手にする。今、怖気づいたらそうそうと断ってくれ、アサト君ははっきり言って…まだまだ弱いが、そのモノらを相手するかしないか、この旅で決めると言う選択肢も持っている。その時に逃げるくらいなら…今、断ってくれ。」と言葉にすると、

 タイロンは、アサトを鋭い視線で見つめ


 「…あぁ、どんなのが来ようが構わない。これが、今、俺が出来る選択。お前たちと行こう。その果てまでな」と強く言葉にした。

 アサトは小さく笑う、すると、その手らにシスティナが手を乗せる

 「…わたしも…頑張ります…。だから、一緒に連れて行って下さい」と言葉にした。

 机の向こうにいたクラウトもその場に来ると、その手の上に手を乗せて

 「では…、行こう…その果てまで…」と言葉にした。

 すると、どこからともなくチャ子が手を乗せて

 「チャ子も行く!」と言葉にすると、インシュアが頭を掻きながら

 「それは…さすがのテレニアでも無理だぞ…」と言葉にした

 「ッチ」と、アルベルトがお決まりの舌打ちをすると

 「…どこにでもある、陳腐な設定みたいな行動をとりやがって…」と言葉にした。


 すでに時間は夕方を過ぎ、その日はアサトの家で、タイロンを混ぜて晩御飯を食べた。

 チャ子は、サーシャにパーティーに入りたいと言っていたが、ダメだと言われ、アルベルトやインシュアの協力を仰いでいたが無理そうだった。

 泣きながら干し肉を齧っていた。

 いずれ、チャ子はもう少し大きくなってからとなだめると、小さな笑顔を見せたが…。

 懐かれている事はうれしいが…、旅には連れてはいけないと分かっていた…。

 そう思うと、少し切なくなってきていた…。

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