第31話 男の涙 上
アサトの家の前に立つタイロンは、半信半疑で扉をノックする。
…と、何も言わずに扉がゆっくりと開く。
そこには…、黒ぶち眼鏡のクラウトが涼しげな視線で立っていた。
「?…システィナ…さんでは、ないのか?」と言うと
「…不満か?」とクラウト、その言葉を聞きながら、クラウトの奥へと視線を送った
「今日の依頼は僕だ、付いてきてくれ…」と言い、なかに招いた。
タイロンは少し首を傾げながらなかに入ると、部屋中をみてシスティナの姿を探した。
「今日はいない。僕と君だけだ…こっちだ」とクラウトは言い、地下室へ案内した。
ナガミチの書斎に入ると、ナガミチの机の前に木製の椅子が一つあり、そこにタイロンを座らせた。
「…何をする気だ?」と辺りを見渡しながらタイロン。
クラウトは机の向こうに立つ。
その後ろには棚一杯に書籍が並んでいて、薄暗く、落ち着かない雰囲気の場所だった。
「…今日の依頼は、僕を満足させる事だ、そして…、君に今、我々が持っている情報のすべてを知ってもらう」と言いながら、タイロンに視線を合わせた。
その視線を見るタイロン。
まっすぐな視線はどこか厳しく、そして、少しばかり暖かさを感じた。
タイロンの前で、クラウトが書籍の内容を延々と話している。
その話が事実なのかどうかと言う前に、なぜおれに…とタイロンは思った。
もしこいつが言っている事が本当なら、元の世界に帰れる。
でも、その前に、多くの困難を乗り越えなければならないかもしれない、そして、今、その事を調べているギルドがあって、そのギルドにいるのが彼ら。
…アサト…、その者は、今ある現実に
…これは…
「今の話はなんだ?」とタイロン。
「今、我々が知りえる情報だ」とクラウト。
「…意味が分からないぞ…そのナガミチ?と言う人が行った旅?とは、」とタイロンが口にした。
「ナガミチさんは、生き方を探していたと思う。」と言葉にすると、小さく瞳を閉じて、メガネのブリッジを上げると目を開きタイロンを見る。
「仲間を失い、今まで自分たちがやっていた事を、否定されたような出来事があり、その出来事で壊滅してしまったパーティーを立て直したアイゼンさん。そのパーティーと旅と言う道の上で生き方を探がそうとした、ナガミチさん。
「…この先の生き方?」とタイロン
「君はこのまま、傭兵でいいと思っているのかどうかを確認したい。」と言葉にすると、タイロンはちいさくうつむく
確かに…なんの目的で傭兵などと言う、不安定な仕事を選んでいたのか…。
仲間を求めていた時期があったが、どうも馴染めないと言うか、裏切られる事が怖かった。
また…取り残されるのか…と言う事が怖かった…。
生きて行く事に必死だった、必死…でも、死ぬ事は考えなかった…それは復讐…。
そう、あのレインへの復讐を考えて生きていた、あいつさえ…死ねば…でも、あの時の少年…。
レインに奇妙な武器を突き立てていた少年が言った言葉…一線…。
彼は殺さないけど…退ける…、その気迫が伝わって来た。
彼もレインに…。
いやいや…どうでもいい。
「…生きる為に…」
昨日の彼女…、システィナも言っていた、自分に出来る事を精一杯する。
それがこの仕事なら…、いいんじゃないか?…いや…良くない
「アポカプリス…」とタイロンが言葉にすると
「実際、目で見た事は無いが、この世界では有名だ。君もどこかで聞いた事はあるだろう。」と言いながら書物を見せる。・
「ドラゴン…、私もこの種のドラゴンに仲間をやられ、そして、獣たちに仲間を…」と握りこぶしを作る
「…もう過去だ、ここにはとどまってられない…。」と言うと、クラウトは小さく頷いた。
その時、タイロンの背中を誰かが触れた、その感触を確かめる為に振り返ると、そこには、一日中、木刀で執拗に叩いていた少年が、小さく微笑みながら立っていた。
「ほんとは…、クラウトさんの計画では、ここでジャンボさんの首に、僕の武器を当てる事になっていたんです。」と言葉にしながらタイロンの前に立つ。
「…お…お前は…あの時のガキ!!」と言葉にすると、アサトは大きくお辞儀をする
「はじめまして、タイロンさん。ぼくの名前はアサトです。」といい、頭を上げた
「クラウトさんは、命がいらなかったから僕が斬って、クラウトさんの命を貰いました、ただ貰うだけの行動だったんです。でも…ジャンボさんは違う、だから…、僕は刃は抜きません。ジャンボさんは仲間が欲しいんですよね。」と言いながら小さく微笑んだ。
「おれは…」とタイロン
「もう終わりにしてください。僕はクラウトさんの言ったように旅に出ます。でも…僕は、弱いです…、ほんと恥ずかしい程に弱いです。でも生きる為には…」と言うと、タイロンの座っている椅子の横にシスティナもついた、そのシスティナをタイロンが見ると、システィナは小さく微笑みを浮べた。
「生きる為には、誰かと一緒に居なければ、生きられない自信があります」と続けた、その言葉にタイロンはアサトを見る。
「僕だけじゃない、システィナさんもそうです」と言うと、システィナは小さく頷いた。
「だからなんだって思うかもしれませんが、僕の旅には、タイロンさんが必要です。たぶん…そうなんだと思います」と言うと、アルベルトとインシュアが中に入って来た。
「お…おれは…」とタイロン。
「いいですよ、クラウトさんの話は、ちょっと重いと思うなら…忘れてもらっても…、無理に仲間に入れる事も考えていましたが、この先の生き方は、自分しか決められない。」と言葉にするアサト、その言葉に少しだけうつむく。
「いや…違うんだ…、おれは…仲間を…」と言葉にすると
「ここにいる、僕やシスティナさんも仲間を失い、生きる道を失ってしまった。そして、形はどうであれ、アサトに手を差し伸べてもらった。」とクラウト
「タイロンさん…、僕と仲間になりませんか?僕はメインアタッカー。そして、この僕が戦いやすい状況を…タイロンさんに最前衛をお願いしたいと思います」
アサトの言葉…仲間…になる…仲間…に…俺の仲間は……。
一緒にいた仲間の顔が浮かんできて微笑んでいた。
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