第27話 ゲルヘルムの事件 上

 二刀流の修行は、2か月が過ぎた。


 システィナは、クラウトからナガミチの書籍をみながら、毎晩遅くまでレクチャーを受けていた。

 朝はかなり早く来て朝食を作ってくれた、食事を作るのが好きなようだ。

 サーシャも来て二人で作っている。


 チャ子は新しくできた部屋を与えたが、居間の暖炉の前で毛布を体に巻き付け、丸まって寝ていた。

 その後ろのソファーでは、インシュアが寝ている…と言うか、たまに夜、出掛けているようだ。

 たぶん飲みに行っていると思っていたが、どうもそうでは無いようだ。


 夜勤で衛兵の依頼を受けているようだとアルベルトが話していた。

 最近アサトの修行に必要ない状態だったので、仕事を入れて金を稼いでいるみたいだ。


 サーシャの提案でシスティナをこの家に招くと言うか、一緒に暮らしたらどうだと言われ、一緒に暮らすようになった。

 彼女はクラウトのレクチャーで、この旅の真相、アサトの心境を踏まえたうえでパーティーに入る事を決めた。

 彼女自身も、クラウトと同じ気持ちでアサトと共にするようだ。


 システィナの加入に、アルベルトはお決まりの舌打ちをしていたが、何も言わずにアサトの修行を監督していた。

 システィナは、火焔系の魔法を得意としていたが、アサトの修行が続いている今のうちに、仲間の遺産を使って風系と水系の魔法を習得して、魔法石を購入する事にした。

 魔法石購入後は、時々、牧場に行き、アサトの修行の場所から離れた崖の近くで魔法の訓練をしていた。

 アルベルトが、雪が解けたら外に狩りに行くと言い。この修行の期限を決めた。

 そして…『斬破ざんぱ』の訓練に入る。


 「最終課題だ。『斬破ざんぱ』を教える」といい、アルベルトが自分の短剣を手にすると小さく振り抜く。

 すると、足元の雪にサッと音を立てながら斬れた後が残った。

 「難しくはない。今まで瞑想してきた延長だ。空気の呼吸を体で感じれば…後は、手にするだけだ。」と言い、再び短剣を振る。

 「瞑想で、その空気を感じたら掴んでみろ…。呼吸を制したら、『斬破ざんぱ』をうてるのも時間の問題だ。…ちなみに、俺は2週間で習得した。」といい、冷ややかな視線をアサトに送った。


 夜…いつものように瞑想をしていると、今までとは違う何かを感じた。


 無音になる…瞬間。

 何も聞こえず、何も感じない。

 体が浮いているような感じであった。

 この感じは、この地にいざなわれた時に似ている。


 ふわっと浮いている…、実際には浮いてはいない…ただ空気の重さ…空気の感触…そこにある空気に座っている…ような、気がしている。

 その感覚は、とても心地よく、手で触れるのではないか…と思えるほど、はっきりとした感覚になっている。これは…呼吸?

 ゆっくり手を差し出し、その呼吸を手にしようと思う。と…シャボン玉が割れた…ような感覚と共に音が戻って来た。


 なかからシスティナとチャ子。そして、クラウトとキャシーが見ていた。

 インシュアはもう出かけているようだ。


 アサトは一同を見て、すぐに壁に立てかけていた太刀を手に取ると、鞘から太刀を抜き、そして、振りかぶり…振る…。が、なにも起きない。

 再び…振りかぶり…振る…。…が、なにも起きない。

 刃を見る。そして、


 『呼吸の延長だと思え。素早く、そして、重く振る。今度はモノではない。空気と言う、目に見えないモノの呼吸を感じ、その呼吸を斬るのではなく切り倒す、の感覚だ。それは滑らかに刃の接地面を感じるのではなく、刃全体で叩く感じだ、でも…斬るんだ…。空気の呼吸、空気の重みを感じた時に刃を流す。剣先10~20センチを斬り飛ばす感覚だ…』


 ナガミチの言葉を思い出す。と…柄を握る…そして、小さく上げる…と、振る…が、なにも起こらない。


 …。


 刃を見る…。


 …つかめる…までか…。と言うと刃を鞘に仕舞い、そして、また瞑想に入った。


 呼吸…って、


 『おまえは…よくやっている…』と声がする。閉じた瞼の裏に光が当たる。

 …そうですか?…

 『あぁ…やっている…もう少しだ…確実に…つかめる…息を整えろ、いつも空気と一緒に呼吸をするんだ…』


 そこには、暖かな光がゆらゆらと見える。そして…。

 『大丈夫だ…信じろ、自分を…』と…発しながらやんわりと消えて行った…。


 その声は「師匠…」と言葉にしながら瞳を開ける。


 確かにナガミチの声だった。

 アサトは深呼吸をすると、中庭から見える夜空を見上げた。

 そこには、大きな満月が淡いオレンジ色に染まって佇んでいた。


 次の日。

 システィナが、ギルド協会の月例会議に召喚された。


 システィナのパーティー全滅より約3か月たっていた。

 そんな時に、約2週間前にシスティナのような被害者があらわれ、これ以上の被害を防ぐためにギルド協会が動いたのだ。


 ギルド協会は、各ギルドでの調査を行い、この3か月間で行方のわからないパーティーは8パーティー。その内、今は雪原となっている、草原での全滅が確認されたのは2パーティー、デルヘルム前の森での全滅は2パーティー、そして、レインと一緒の所を見たと言うパーティーが2パーティーであり、安否不明が2パーティーと言う事だった。


 その他の情報でも、ここ半年の内に、レインのパーティーと一緒であり、その後、所在が不明であるパーティーは5パーティーあるとの情報も得ていた。

 この5パーティーには、システィナのパーティーも含まれているようだ。


 その不明と思われるパーティーは、全てが初心者か、誘われてから半年以内のパーティーであり、なかには、アカデミー終了からわずか2週間のパーティーもあったそうだ。

 また、ある情報では、すでにレインらは、隣の街ゲルヘルムへ移動しているとの事であり、確保には、遠征隊の招集も考慮しなければならないような事態となっていた。


 その事案の為に、システィナは、ギルド協会月例会議へと召喚され、パーティー全滅時の内容を聞かれたのだ。


 システィナにとっては、酷な話しであった。


 この事案を大きな問題として、打開策の模索を立案したのが、ギルド、パイオニアのマスター、アイゼンであった。

 そのパイオニアに所属することになったシスティナ。

 アイゼンは、同じギルドメンバーが、被害を受けたと言う大義名分をたて、この会議で立案をしたのだ。


 パーティーメンバーのクラウトが付き添いの元、しっかりと仕事は果たした。


 この事案のなかに、アサトの行動への注意もなされ、クラウトは深々と謝罪をして、以後、このような事を起こさせないと頭を下げて来た。

 本来なら、アルベルトかインシュアが付きそうべきだったと思うが、このような事を言われるのが解っていたのか、チームアサトの参謀であるクラウトに押し付けたのであった。


 クラウトも、なかばあきらめて同行はしたのだ。


 パイオニアマスター、アイゼンの名の下に、この事案は、ギルド協会依頼のレイン一味の確保を決定し、その首に懸賞金をかける事とした。

 また、一味すべては、生存での確保が絶対条件、または、メンバー単独での確保も可とした。

 とにかく生存状態で確保し、詳しく内容を把握する必要があるとの見解であった。

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