第19話 この現実から逃げられない 上

 「…一子…相伝…ですか…、初めて聞きました。」とクラウトが言葉にすると、アイゼンは小さく微笑む。

 「さてクラウト君。君はどのように彼を使うか、楽しみだよ」と言いながら、ギルド証をクラウトに渡す。

 そのギルド証を受け取ると、一度、視線を落として、再びアイゼンを見た。そして、一つ息を飲み言葉にした。

 「…あの…、差し支えなければ、その師匠の方の事を知っている限りでいいので、教えていただけないでしょうか?」と言葉にした。

 その言葉に、アイゼンは手を顎において少し考える。そして、

 「…彼とアサト君は…」と話し始めた。


 「元の世界では、同じ民族の者だったのだ…」と言葉にすると、

 「民族ですか?…と、言うのは…」と言葉にした。その言葉に

 「…うむ、そうだな、我々は元の世界では、この世界とはちょっと違う区分けみたいなのがあったようなのだ。」

 「区分けですか?」とクラウト、その言葉に頷きながら、アイゼンは、ソファーの方へ手を差し出しクラウトを誘った。


 アイゼンは、一人掛けのソファーに腰を下ろし、クラウトは、一度、小さく頭を下げてからソファーに座った。

 その向かいのソファーにアルベルトが腰を下ろすと、手を広げて足を組んだ。

 「この世界で私たちは、人間族と言う種族だ。」その言葉にクラウトは小さく頷く。

 「しかし、元の世界では、私たちは民族と言う言葉で区分されていたようだ。」と言い、立ち上がり、机に行くと、机の中から紙を持ってきた。そして、


 「これは、なんて言う?」とその紙を見せる。

 その紙には“こんにちは”と書かれてあった。その字を見て…。

 「…“こんにちは”と書いてありますが…」と言葉にする。

 すると、アイゼンが目を細め、アルベルトは手を下ろして前のめりになった。

 「…おぃクソ眼鏡。お前…この字を読めるのか?」と聞くと

 「…あぁ~、たぶん。だが私の書く文字は違う」といい、アイゼンの机から羽根のペンを持ってきて、その紙を借りると“こんにちは”の下に文字を書いた。

 “Hello”と…、そして、その下に続けて書く。

 “Bonjour”と…。


 「…おぃ、クソ眼鏡…、いったいどう言うことだ?」と、アルベルトが紙を持って言葉にした。

 「もう一つの言語でも書ける」とクラウト。

 「…その“Bonjour”は、サーシャが書いた文字。ナガミチの話しだと、サーシャは、『フランス語』と言う言語を扱う民族の者であって、私は、“Hello”を使う言語の民族、英語と言う言語を扱う民族だったみたいだ。君もそうなのかもしれないな。ただ君の場合は、…多言語に精通した学習でもしていたのかもしれない。」とアイゼンは話すと顎に手を当て考えた。


 「ナ…ガミ…チ?」とクラウト。

 「…うむ、そうだ、彼は日本人と言う民族で、その民族が扱っていた武器が“太刀”だ…、どうだアルベルト…」とアルベルトに視線を向ける。

 アルベルトは、紙をテーブルにヒラっとはなすとアイゼンを見た。


 「…ナガミチの書庫を彼に見せたら」と言葉にした。

 「いいのか?アイゼン…」と返す。

 「…書庫…ですか?」と、クラウトが眼鏡のブリッジを上げながら聞く。


 「…あぁ、そうだ、私が一から教えてもいいが、君はアサト君らのように、簡単に聞き入れるような人間で無さそうだし、その都度、説明するのも大変だから、その文字が読めるなら、君が直接読んで理解した方がいいのではないか?」

 「…おぃアイゼン。俺は別に構わないが…、女の話しも残しているんだろう?」とアルベルトが言うと

 「…無論だ、全てあそこにある。」

 「漏洩してもいいのか?このクソ眼鏡を信じるのか?」と聞くと、アイゼンは小さく微笑みながら

 「構わんさ、あの内容は、いずれ公表するつもりだからな…」といい、クラウトに視線を向けた、そして…


 「あの書庫の内容を読んで、気が変わったら教えて欲しい。ただ、今言えるのは…、我々は想像もつかないほどの敵と、可能性のある現実を相手にしている。その事を踏まえて、アサト君は旅をするのだ。その旅の結末が、もし戦いを選ぶなら、君もその時は一緒に戦う。そこで投げるようなら…、今、彼の申し出を断ってほしい。…わたしが君に求めるのはそれだけだ…」と言葉にした。


 そのまっすぐな視線に、クラウトも少しだけ不安を覚えた。

 そして、今まで感じた事のない何かを体で感じていた。

 それがなにかは…分からなかったが…。


 ナガミチの家に着くと、ソファーで横になっていたインシュアが、目を覚まして体を起こす。

 その光景を見て、「ッチ」と、舌打ちをしてから、クラウトをナガミチの書庫へと連れて行った。


 その姿を見ていた、インシュアが立ち上がって見送る。


 書庫に着くと、クラウトが本棚に並べられてあった、手製の製本を手に取り目を通す。

 「おぃ…アル…これは、どういうことだ?」と、遅れてインシュアがそこに来て言葉にした。

 「…あぁ、アイゼンが、このクソ眼鏡に見せろって言うから連れて来た。」と言葉にすると。

 「その字…こいつ読めるのか?」と言葉にした。

 「あぁ~、どうやらそうみたいだ。このクソ眼鏡…、頭良さそうに見えて、ほんとに良いのかもしれない」と言うと

 「まぁ~、俺とお前に比べりゃ、ほとんどの奴は頭がいいけどな」と小さく笑った。すると…

 「アポカプリス?」とクラウトが言葉にすると


 「おい…メガネ。そこに書いているのか?」と、インシュアがクラウトの傍により聞く。

 クラウトは頷き、その言葉をなぞりながら「アポカプリス…」と発音をすると

 「…いやぁ~書いている文字は、そう書いているのか分からないが…、こりゃ…本物だな」といい、参ったと言う表情を浮べながら、その部屋を後にする。が、もう一度戻って来て

 「おぃ、メガネ。」と言葉にする。

 「?」と、クラウトはインシュアを見ると、インシュアは指を指して…、小さく頷きその場を後にした。


 「…何が言いたかったんだ?」とクラウト、その問いに

 「…あぁ~気にするな、あいつは頭までイカレテいるから、何言おうとしたか忘れたんだろう、思い出した時に言うかもしれないから、それまで気にするな」と言葉にした。

 クラウトは、製本を何冊か目を通すと、

 「アルベルト、お前らは何と戦う気なんだ?」と聞く、その問いに

 「…さぁ~な。」と答える、そして、壁によりかかると腕組みをして

 「俺から言えるのは…、たぶん…死だ。」と答える。


 「…死?」と聞き返すと、小さく頷き。

 「ここらの魔物って言われるものが、かわいく見える。実際、最近この街であった爆発事件。あれの爆心地は、ここだ…」と右手の人差し指を上に向けて言葉にした。

 「…ここが?」と、その問いに、目を閉じて「…あぁ」と答える。

 「…アルベルト、僕はここで、この書物を読みたいが、いいか?」と聞くと、目を開けてクラウトを見た。


 そして…。

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