第11話 動の修行 上

 インシュアが笑っていた。

 アルベルトは呆れていた。

 チャ子は、蝶を追いかけていた。

 テレニアは、日傘の下で、コックリコックリと…していた。


 アサトの前にはゴブリンがいるが、そのゴブリンは、アサトを見てボーっと立っていただけであった。

 インシュアとアルベルトが2匹ずつ、早々に片づけていたが、すでに10分以上、アサトはこのゴブリンを相手にしていた。


 ゴブリンは最初は怒っていたが、どうもアサトの攻撃が、あまりにもだるかったのだろうか…、戦意を失っていたというか、いい遊び相手が出来たみたいな感じであった。


 アサトが袈裟懸けさがけを繰り出すが、ゴブリンはすっとその攻撃をよける。

 逆袈裟懸ぎゃくけさがけを繰り出すが、それも分かったみたいによける。

 今度は…突きを放つが、簡単によけてしまう。

 すると、ゴブリンがアルベルトに向かって、腕を肩くらいまでに上げると掌を上にして首をかしげて見せた。

 「…あぁ、おまえが言いたいのも分かる。」と言葉にした、そして、

 「…もういい、どっかいけ!」と手で払うと、ゴブリンはアサトに向い、親指をたてると“ギャ”と言葉を残して走り去ってしまった。


 …まじでぇ~


 腕組みをしながら、アルベルトが近付く。

 「…っチ」と舌打ちをして、「あんなの初めて見たぞ」と言葉にした。

 「いや、俺は何回かある。ゴブリンが修行をつけてくれていたときもあったな」といいながら、インシュアがゴブリンの死体を漁り始めた。

 「チャ子も見ていた。」と言い、インシュアと同じく、ゴブリンの死体を漁り始めた。


 「終わった?」と、少し眠そうな声でテレニアが言葉をかける。


 アサトは、鞘に刃をしまうと頭を掻いた。

 「さぁ~て、このクソガキ。どうすればいいんだ?」とアサトを見ながら、アルベルトが言葉にする。

 「どうするって…どうすればいいんだろうな。」と言いながら、インシュアがゴブリンが持っていたバックを漁る

 アサトは、アルベルトに視線を合わせられないでいた。


 …どうするっていっても…ぼくも、どう戦ったらいいのか…。


 「いいかよく聞けクソガキ。今日は帰る。これから、お前をどう強くするか考える時間を貰う。明日の午後、また修行をするが家に居ろ。おれは優しくないからな。」と眉間に皺をよせて言う。と

 「あら?アルは優しいじゃない。いつもベッド…」とテレニアが言う

 「…余計な事を言うな。テレニア。」とちょっと顔を赤らめた。


 …え?…もしかして…え、えぇ~


 「?帰るのか?」とインシュア。

 「えぇ~、もう?」とチャ子。


 …ごめんなさい…


 南西の門を通ると、アルベルトが牧場で基礎修行をしろと言ったので、とりあえず、5人は牧場に向かう道を進み始めた。


 緩やかな坂を登ると、依頼所前の広場に着く、そこには噴水があった。


 その噴水の前には、女が、噴水の壁にもたれ掛かっている黒ぶち眼鏡の男、クラウトを介抱していた。

 その光景を見てインシュアが、「…アル、あれ、…」と指を指す。

 その問いに「あぁ~」と言葉を返した。

 女がアルベルトに気付くと立ち上がり、恥ずかしそうな顔をしながら一礼をした。

 「…落ち武者か…」とインシュア。

 「…あぁ、あれは、もうどうにもならない。」とアルベルトが言葉にした。


 アサトとチャ子は、その男を見てから顔を見合わせた。

 そう、あの牧場で、自殺している女の人の姿を見て、泣き崩れた男である事に気付いたのだ。

 あれから2週間ほど経つが、この街には、このような状態になっている者は、クラウトだけでは無かった、至る所で酒を煽ってひっくり返っている者が、以前よりもまして増えていた。


 討伐戦の傷は、まだまだ癒えてはいない証拠でもあった。


 それにしても、さっきのインシュアとアルベルトの会話が、不自然な感じがしていた。

 アルベルトは、あの男、クラウトを知っているような口調の返事をしていたのに疑問を持った。


 ギルド広場に着くと、アルベルトとテレニアがギルドに向かった。

 テレニアは、アルベルトよりちょっと背が高い。

 そんなアルベルトの横に並ぶと、アルベルトがなにやら話している。

 それにむかってテレニアも、幸せそうな笑顔をして答えていた。


 …やっぱり、どうも、おかしい…と言うか、怪しい…。


 3人は、その場を後にして牧場に向かった。

 緩やかな上り坂を登る。

 「アルさんの知り合いなのですか?」と意を決したように、アサトが聞くと

 「…?誰が?」とインシュアが答えた

 「噴水の広場にいた人です。」とアサト

 「…あぁ~、そうだ。あれは、アルがこの世界にいざなわれた時に、一緒に来たやつだ」と答えた。

 そして、その事をインシュアは、簡単に説明してくれた


 インシュアの話しでは、アルベルトが、この世界にいざなわれた時に来たのは、アルベルトを含めた13人であったようだ。

 この世界にいざなわれる者は、最大12名だったが、その時だけは違ったようだ、どうも、一人が、おまけみたいな感じでいざなわれたようだ。

 12個の石で出来たベッドには、12名が眠っていたが、1人だけ、そのベッドの中心で目覚めた者がいたらしい。

 その名は…グンガ。先日、ポドリアン達が話していたグンガとは、この人のようであった。


 そして、先ほどの男は、クラウト。


 格闘派ギルド、エンパイアに所属していたチームのリーダーだった男のようだ。

 アルベルト達は、最強の9-1。と言われていたようだ。

 9-1の9は、9月と言い、1は満月の日にいざなわれ、2は新月の日にいざなわれた事を示すようだ。

 ちなみに、アサトは2-2のようだ。

 話を戻す…。なぜ最強かと言うと、この世界にいざなわれてから、先の討伐戦まで約3年と半年。

 一人も死んでいなかったからだと言われていた。

 その中でも、アルベルトとグンガ、そして、クラウトの3人は、いつも話題の中心となっていた。


 アルベルトに関しては、戦闘力の高さ、クラウトに関しては、冷静な戦略家、グンガに関しては、行き当たりばったりのキチガイと言う事であった。

 キチガイって言うのは、インシュアのユーモアかもしれない。


 でも、よく考えてみると、この世界で、壁の外に出て3年も死なないのはすごいと思う。

 クラウト率いるチームも、エンパイアでは、トップクラスのチームを率いていたようだ、一度、荒れ地の魔女の討伐に出兵したが、ゴーレムの前に敗退してきた以外、ミスのない戦術で、これまで多くの討伐依頼を行ってきていたようだ。


 そして、先の討伐戦で仲間を失った。


 それ以来、日が高いうちは旧戦場に行き、ボロボロに帰って来ては、夜は、このように酒に溺れていたようだと話していた。


 「神官の職業だからな…みんなを守れなかったことがつらいのだろうな…」とインシュアがつぶやいた。

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