第10話 アイゼンの提案 下

 アサトの表情を見て、アイゼンが

 「…私は、指導者みたいにうまく人を導く事は出来ない。君はまだ目標が定まってないだけ、それを今すぐ答えを出せと言うのも酷な話しだよ。だから…、君に私が出来る精一杯の提案をする。」と言い、小さく微笑んだ。


 アサトは、アイゼンを見ると


 「ナガミチが、君に話さなかった事を君に伝えた。これは、ナガミチが私に頼んだのだ。ナガミチが話せば、君も同じ道を歩まなければならないと思うかもしれない。だから余計なプレッシャーを与えたくないと言って、私に頼んだのだ。君もナガミチがどんな道を歩んだのか知りたかっただろう?」


 そう、知りたかった。

 あの言葉、そしてあの傷…師匠のナガミチがどんな道を歩んで、世界にあらがい、そして、生きたあかしを残したのか、そう、なぜ傷を背負ったのかを…。

 今日、それが解った、その旅が、どんなに困難なものかはわからないが、元の世界に帰れる事や、いにしえの遺跡や遺物の存在。

 吸血鬼や竜騎士。荒れ地の魔女、クレアシアンの存在。

 そして、…命と体を使って得た、『』と言う世界の話し…。

 この事は、ナガミチの存在の大きさを物語っているようだった。

 決して真似できない旅であり、行動だったと思っていた。


 たぶん、この話をナガミチに聞いていたなら、こんなすごい事をやっていた人に教えられた事は、それはプレッシャーだったと思う。

 それを背負わなければならないと思う。

 本人が好きに生きろと言っても、心のどこかでかたき討ちをしろ!と言われているように感じるかもしれない…。

 そうなっていれば…、もしかしたら今は無かったかもしれない…


 「あいつも…人の子と言う事だ。君がナガミチから聞いて、どう考えるかなんてわからないと思うが、あいつは、君が、君自身を守れるだけの強ささえあればいいと思っていたようだ、街で平穏に暮らしていても、周りには技能を持った狩猟人も多くいる。だから、少しでも安全に生きる為に、君に技能をつけてもらいたいと思っていたんだ」


 …そう思っていたんだ…無理に、狩猟人をやらなくても…いや、違う。

 インシュアさんが言っていた。

 『

 その一線は、自分が斬るんじゃなく、いつでも斬られる側にいる立場にもなるって事なのか…、また、甘く考えていた。

 この壁の中は、一見、安全に見えるが…それは、見た目だけであり、相手が狩猟者であって、その狩猟者の狩りの対象が自分にむけられる可能性がある、その時は…斬れるのか…と言う事なんだ…。

 この世界は…、どこにいても安全な場所はないんだ…。


 アサトは、膝に置いていた手を強く握っていた。

 それは、この世界に恐怖した瞬間だった。


 「そこで、こういうのはどうだ?」とアイゼン。

 アイゼンをみると、微笑みながら「君は、旅をしたらいい。」と言葉にする。

 「旅ですか?」とアサト

 「そう、旅だ。このデルヘルムだけでは、これから生きる目的なって、ちっぽけなものだと思う。いろいろ見て、経験をしてから決めてもいい。このまま狩猟人で生きるか、それとも、やめて、壁の中で平穏に暮らすか…。我々が掲げている、帰還の目的に沿わなくてもいい。君は、君らしく、君の選ぶ生き方を見つければいいと思う。…そうナガミチも言っていた…。」


 そうなんだ…。そうなんだよ…、どこも安全じゃなければ、自分を守る力が必要なんだ。

 他人を守るなんて、なんて大それた発想をしていたんだ。

 一番大事な事なんだ…それが。

 そう、今はそれを身に着け、そして考えよう。

 『』は気になるし、ナガミチがどんな敵と戦ったのか、目で見たい事もある。

 でもその前に、生きていく事が出来るだけの力をつけなければならない。

 まずは、そこからだ…。


 「わかりました。ぼく…やってみます。」と言うと、アサトは立ち上がり

 「ありがとうございます。みなさん。それに、アルさん、インシュアさん。よろしくお願いします。」と頭を下げた。


 その行動に、インシュアはちょっとだけ胸を張って見せている、アルベルトは、小さく鼻で笑っただけだった。

 「…それと、わたしにも言って。」とテレニアが微笑みながら言葉にした。

 テレニアを見るアサト

 「明日からの修行に、わたしとチャ子ちゃんも付き合うから、よろしくね」と言葉にした。


 どうやら、チャ子は、サーシャを口説き落したようだった。

 ニコニコ顏のチャ子が目に浮かぶ。


 「頼むよアルベルト、そして、インシュア。チャ子になにかあったら、分かってるよね」とサーシャが二人を見る。

 インシュアは小さくなっていた。

 あのアルベルトは、うつむいたままだったが、ちょっと眉毛をピクピクさせながら舌打ちをしていた。


 「…まぁ、よき友は去った、だが、我々はまだ、この世界にあらがうチャンスを与えてもらっている。このチャンスを楽しもう。そして、皆で笑って元の世界へ帰ろう」とアイゼンが言葉にした。


 …チャンス…なんだろうか、でも、よく考えてみれば、こんな事、やりたくてもできない人もいるはず。

 なら、この経験は大きな経験であり、また、人生を楽しむチャンスなのかもしれない。

 帰還に関しては、なにもできないかもしれないけど、でも、今できる事を精一杯やるのもいいかもしれない…。


 一同が帰ったのは夕方近くであった。

 一人、アサトは妖刀と言われる太刀、3本を黙って見ていた。

 この太刀を振る時が来るのかも…しれないし、こないかもしれない。

 でも、この先はどうなるかもわからない…だから…精一杯やってみよう。

 自分に自信が着いた時に、これからを決めよう。



 ……夕刻の依頼所前の噴水。……


 アルベルトが見下ろしている先には、黒ぶち眼鏡の男、クラウトが、酒瓶をもって項垂うなだれていた。

 冷ややかな視線でその男を見ると「っチ」と舌打ちをして、「…ったく、どうしようもないな、おまえ」と言葉にした。

 クラウトは、アルベルトを見上げて、少し視線が合うがすぐに視線を外して、項垂うなだれた。

 アルベルトは、そんなクラウトを少しだけ見てから帰路に就いた。

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