第30話 大豆と野菜

ケイトにもらった大豆を撒いたプランターは、乾燥地帯の土、水多めと水少なめ、低湿地帯の土、水多めと少なめ、4つに分けて毎日計って決まった量の水をやっている。

4つに分けた大豆はそれぞれ芽を出して順調に育っている。水の量はあんまり関係ないみたいだ。もっと差をつけておいたほうがよかったかな、と思う。

ただ、大豆の茎の高さはほとんど同じだけど、低湿地帯の土に撒いた大豆のほうが茎が太くてしっかりしている。緑の色も少し濃いようだ。

僕は高湿地帯の土にも大豆を撒いてみたいと、ケイトに相談に行った。


うーん、高湿地帯の土ねぇ。私も欲しいけど、所長がどう言うかしら?ここから一番近い高湿地帯もけっこう遠いし、危険だからダメと言われるかも。

ケイトはそう言いながらも所長のところに一緒に行ってくれた。


所長は最初は危険だからとか渋っていたが、ケイトが私も一緒に行きますと言うと最後は許可してくれて、2日後の朝食が終わると僕とケイトは高湿地帯に向かって出発した。

一番近い高湿地帯は施設から南西に歩いて4時間のところにあるらしい。


ケイトと歩き始めて、僕は初めて低湿地帯の草原を見たときの感動を話す。あんなに沢山の植物を一度に見たのは初めてだ。

そして僕はちょっと気になったのでケイトに聞いてみた。「あの草は食べられないんですか?」

毒は無いけど、人間が食べてもほとんど消化できなくて養分が吸収できないの。「それは残念ですね」

でもなによりも問題なのは、ケイトは言う。ものすごく不味いの。「えー、食べてみたんですか?」

まあ、味見程度にね。僕はあまりの不味さに顔をしかめるケイトを想像してなんだかおかしかった。

「じゃあ、豚、は無理かな、鶏でも食べられないんでしょうか?」

あー、鶏かぁ。考えたことがなかったわ。食べさせてみるのもいいかもしれない。鶏に人間に近い味覚があったら食べないかもだけど。

そんなに不味いのか。逆に興味がでた。


まあほうれん草などは普通にこの惑星で栽培できるから、草をわざわざ食べる必要もないんだろうけど。

それから僕たちは野菜の話をした。ブロッコリーの見た目が衝撃的だったことや、よく煮たキャベツが甘くて美味しいことや、セロリはちょっとクセがあって僕は苦手だという話など。

一面の茶色の土の世界で僕たちは緑の野菜の話をする。

ただ、受粉はするけど実が大きくならないのよねぇ。ナスもきゅうりも植えているんだけどさ。ケイトは残念そうに言う。

受粉と言っても虫がいないので人間の手で筆を使ったおしべの花粉をめしべに付けるということをやっているらしい。


一番実って欲しいのは穀物だけど。この惑星が全部小麦畑になったら人類は全員本物パンが好きなだけ食べられる。なんて素敵な世界だろう。本物パンは中流階級にとっては結婚式のご馳走で、一生で3回か4回ぐらいしか食べられないものだった。

でもケイトが期待しているのは大豆だと言う。穀物があれば次はたんぱく質で、故郷の惑星以外の場所で豚が子供を産むより先に大豆が実る方が可能性が高いんじゃないかなぁ。

大豆があれば合成ソーセージも作れるし。「豚肉がなければ合成ソーセージは作れないんじゃないんですか?」と聞くと、

うん、まあ、今の合成ソーセージにも「香料程度」に本物の豚肉は入ってるけどほとんどは大豆よ。僕は知らないほうがいい事を知ってしまった。



所長が貸してくれた携帯用通信機に付いている方向散策装置で時々確認しながら、2時間歩いたところで休憩した。ペットボトルに入れて持って来た水を飲みながらケイトが言う。ジェイミィはもうすっかり大丈夫そうね。

やっぱりきた。ケイトと一緒に高湿地帯に行く事になったときから、この話は出るんだろうなぁと思ってはいたけど。

あれは、あの、、、残念だったわね。

「そうですね。でもあれは、僕もここに来たばかりでなにがなんだかよくわからないうちにアウラに妊娠反応が出たと言われても実感がなくて」

僕は言葉を選びながら話した。「子供が危ないと言われても、実際に大変そうだったのはアウラで、僕はなにも出来なくて」

うんうん、とケイトは聞いてくれる。本当のことを悟られてはいけないから僕はそっちを心配する。

「そして子供が流れてしまったと聞いた時も、僕が知らないところで何かが始まって終わってしまったような、そんな風にしか思えなくて」

アウラのかわりに鶏の世話を僕がやりますと言った時のジェイミィはかっこよかったわよ。いい男だなぁ、と思ったもの。

僕はケイトが「いい子」じゃなくて「いい男」と表現したことがちょっと嬉しかった。

ジェイミィの爪の垢を培養して全男性に飲ませたいわね。「培養って、、、」

話は穏やかに終わって、ケイトは何の疑いも持っていなさそうだし、僕もケイトと話せて少しラクになった部分がある。

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