第21話 絶対安静
大量のタオルと一緒に寝室に行ったアウラが次の朝、「もうドクターを呼んでも大丈夫だと思う」と起きてきた。
私は今起きてきてトイレに行って初めて出血に気が付いて、流れ出たものはびっくりして流しちゃったことにするから、悪いけどジェイミィはドクターを呼んできて。
いよいよだな。僕はなんだか高揚した。
僕は着替えようとして、あ、パジャマのままの方が臨場感があるよね、とそれでも靴はちゃんと履いて、ドクターのコテージに向かって走る。
走ったのは何年ぶりだろう。僕たちは小学校に入る前からアパートの廊下や道で走ってはいけないと教えられるし走れる場所もなかった。
息を切らしながらドクターのコテージのドアをノックして、もう起きていたのかちゃんと白衣を着て出てきたドクターにアウラが出血したことを告げると、なんだって!?
ドクターも僕たちのコテージに走る。速いな、この人。鍛えているのかしらん。
コテージで僕が追いつくとドクターは「動かないで」とアウラを抱き上げてベッドに運んでいるところだった。ひょろりと細身なのにけっこう筋力がある。
僕が関係ないことに感心していると、「検査をしないと!ああ、そうだ、機械をここに持ってくるよ」
それからドクターは食堂の東側に置いてある洗濯機の半分ぐらいの大きさの機械を運んできて、僕はリビングに追い出されてしまった。
僕はどうすればいいのかとオロオロしたけど、そうか、オロオロしていればいいのか、と思い直す。
しばらくして、僕はドクターに寝室に来るようにと呼ばれた。
ぼくはドクターが運んできたあの機械でどうやって検査をするのか興味があったけれど、もうスイッチが切られていたのか沈黙していて、モニターらしき窓も真っ暗だった。
子供は、とドクターは言葉を切る。ちょっと危ない状況です。
アウラは絶対安静、トイレ以外は起きないで。食事はヤコブに言って持って来てもらいましょう。「僕が貰ってきますよ」
出血が増えたりお腹が痛くなったらすぐに私を呼んでください。「はい、僕がずっと付いています」
僕はちょっといい人を演じすぎたかもと不安になったけど、ドクターは、それなら安心だ、後でまた見に来るからと出て行った。ドクターの後ろ姿が思わず「大丈夫ですか」と声をかけたくなるほど疲れていた。
もうとっくに朝食の時間は終わっていたけど、僕が食堂に行くとヤコブが「ジェイミィもまだだよね」と小さいバスケットに2人分の合成パンと強化スープを温めなおしたものを入れてくれた。
コテージの寝室に戻ってアウラに「食べれそう?」と声をかけると、「びっくりすることにね、今お腹が空いているの」という答えが返ってきた。
丸い合成パンには最初の夜に出たのと同じほうれん草を炒めたものが挟んであって「サンドイッチみたい」とアウラは喜んだ。1度だけ、合成ベーコンを挟んだものを食べたことがあるの。
合成ベーコン!なんて魅力的な響きだろう。僕たちは新鮮なほうれん草を食べながら合成ベーコンに思いを馳せた。
やっぱり豚とか鶏の繁殖に先に力を入れた方がいいわよねー。それと安い燃料。食料が豊富にあればアウラはこんな目にあわずに済んでいるんだと思う。
食後、リビングの壁に掛かっているモニターを寝室に移動させられないかやってみたけど無理なようで、僕たちは中学高校時代はどの教科が好きだったとか、そんな話をして過ごした。
アウラとこんな普通の話をするのは初めてかもしれない。
昼前に1度ドクターが来たけれど、アウラを診て難しい顔をしたまま帰っていった。
僕はあんまり他の人に顔を合わせたくなくて、みんなの昼食が済んだ頃食堂に行った。
ヤコブは合成パンをバスケットに入れて、これ、試作品だけど食べてみてと言いながら赤いジャムを小さな皿に入れてくれた。ルバーブのジャム。ちょっと酸っぱいかもしれない。
ヤコブが余計な話をしないことが僕は嬉しかった。
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