第18話 冷たい夜
薄暗い食堂で、僕はコップに半分ほど入れたコーラを一気に飲んだ。炭酸がチクチクと喉を刺激する。どうせこのコーラもカフェイン抜きのゼロコーラなんだろうと思う。
いや、そんなことを考えている場合じゃなくて、と、その時、そこだけ灯りがついている食堂の入り口に人影が現れた。
僕は一瞬アウラかと思ったけれど、そこに現れたのはケイトだった。
こんばんは、というケイトに僕は、雨が降っていますね、と答え、ソーダバーのほうに歩いてくるケイトはキレイな透明のグラスを持っていた。あれは、ソーダバーの隣に沢山伏せてあるプラスチックのコップじゃなくて本物のガラスだ。
久しぶりの雨ね。そう言ってケイトはグラスにソーダを注ぐ。
「アウラは?」ケイトがそう聞くから僕は、もう寝てます。僕はケイトに嘘をついた。
カウンターにもたれたケイトはグラスに浮かび上がる泡を眺めながら「大丈夫?」と聞いた。えっ?「ジェイミィは大丈夫?」
「えっと、あの、なんだか実感が無くて」「そっか、そうよね」僕は動揺していたわりにはまともな答えが返せたと思う。
ケイトがカウンターにもたれたままソーダを飲んでいるから、僕はペットボトルに水を汲んで、コップにもう1杯コーラを入れるとコテージに戻るしかなかった。
コテージに戻るとざあざあとシャワーの音がしていた。僕はコップのコーラを見つめながらなにもすることが出来ない。
僕はどうなるんだろう?それよりアウラは?僕は何も知らなかったと言えばそれで済むのだろうか?けどアウラは?僕の思考は同じところをぐるぐる回る。
それにしても今夜はコーヒーやコーラの飲みすぎだ。僕はトイレに立つ。広くはないコテージだけど、トイレのドアとシャワールームのドアが並んでいるあたりの空気は少しひやっとしていて、雨が降っているから今夜は寒いんだろうか。この惑星は、Tシャツの上に制服を着てて暑くも寒くもない。1年を通じても気温の変化はあまりないということだったけど。
僕はもう1度ソファに座ったけれど、壁にかかったTVのスイッチを入れる気にもならなくて。
アウラのシャワーは長いな、と思い始めた頃ようやくアウラが出てきて、髪の毛は乾かさずにタオルで頭の上に纏めている。なんだか顔色が悪い。大丈夫?と近づいて僕は違和感を覚える。
これはシャワーを浴びてきた人の体温じゃない。僕はアウラの身体を抱きしめるように確認すると、それはシンと冷たかった。
水を浴びてたの!?なんてことをするんだよ。そんなことしたって子供が流れるわけないじゃないか。
僕は最高温度に設定したお湯をシャワールムの壁と床にかけて、暖かな湯気がもわっと広がるのを確認して、適温に設定しなおしたシャワーを出しっぱなしにしたままシャワールームの前の床にへたりこんでいたアウラをかかえ起こす。
すぐお湯を浴びて身体を温めて。抵抗する素振りを見せるアウラに、僕は無理矢理脱がせるよ、とパジャマのボタンに手をかけようとするとさすがに「自分で出来る」とシャワールームに行ったので、シャワールームのドアが温かいままなのを確認してソファに座り込む。
ああ、もう何年分も疲れた気分だ。アウラが自分の命を断とうとしなかっただけマシだと思えばいいのか?
何百年も前に禁止になったけど、酒とか煙草とかいうものはこういう気分の時に欲しくなるのかもしれない。
今度はちゃんと髪も乾かして出てきたアウラをベッドに寝かせて、アウラが眠るまで僕はここにいると宣言すると、アウラは瞬きをするようにかすかにうなずいた。
夜明け近くに僕は膝が痛くて目を覚ました。僕はベッドの横に跪くようにして、上半身はベッドに突っ伏して眠っていたようだ。僕はアウラの掛け布団が規則正しく上下しているのを確認してそっとシャワールームに向かった。
温かいお湯が固まった僕の身体の上を流れていく。膝も肩も痛かったのがゆっくりほぐれていくようだ。
僕はふと思いついてシャワーを水にしてみた。ひよっ!ヘンな声が出た。ここの水道は深いところにある地下水を汲み上げて使っているそうで、水はとても冷たい。
こんな冷たい水をアウラはどれぐらい浴びていたんだろう。僕は思わずさっきそんなことで子供は流れないと言ったけれど、こんなことをしたら流れてしまうことがあるのかもしれないと思った。
もしかしたらそれは女たちにひっそりと伝わる悲しい方法なのかもしれない。
シャワールームから出てアウラの様子を見に行くとまだ眠っていた。もうすっかり夜が明けて、コテージの寝室の窓に黄色いカーテンがかかっているのを僕はその時初めて知った。
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