第16話 狂気
僕は2杯目のコーヒーを飲みながらアウラを見る。アウラは普通の女の子で、恐れられ、忌み嫌われるシークレットチャイルドというのがしっくりこない。というより僕はまだ信じられない。
アウラの話は続く。私を買って2年後、育ての母親が妊娠したの。
そんなこともあるのかと僕は思う。まあそんなことがあるかもしれないから、子供を作れない人たちは離婚と再婚を繰り返すんだろうけど。
そして妹が生まれて、私は疎んじられながら育った。まあ小さかったからそのころのことはあまり覚えてはいないけど。
それから。とアウラは言葉を切った。
3年たってまたあの女は妊娠した。そういうことから卒業してなかったのよ。
ええっ。アウラの話が始まってから僕が声を出したのはその時が初めてだったと思う。
「はしたない女」アウラは吐き捨てるように言う。女性は1人か2人、子供を産んだらそういうことから卒業するものとされていた。
それでどうなったの?アウラが汚い言葉を使うのをそれ以上聞きたくなかったけれど僕はこの先を聞かないわけにはいかない。
結局、その子は闇の川の向こうに流された。どこまでも自分がかわいいのよ。
いやいや、その子がもし生まれていたら、アウラも今頃貧民窟なんだけど。そのセリフを僕は言えなかった。
それからも私は嫌われて憎まれて育ったけど、外面を気にするあの人たちは、学校へ行くときの服とかは普通のものを買ってくれたから、誰にもそんなことわからなかった。
妹には個室が与えられ、私はダイニングの床で毛布にくるまって寝たわ。そのころからあの女は少しづつおかしくなっていたんだと思う。でも決定的なことが起きたのは私が中学生だった、13歳の夏。
その日、私は初潮を迎えた。あの女はその血の色を見て逆上して包丁を持ち出した。
私が、18歳になったら結婚をして、普通に子供を産むことができる性だということが許せなかったんだと後から祖母に聞いたわ。
それは、包丁が必要な生の野菜や合成ベーコンなんかめったに手に入らないうちのキッチンに何故かあった錆びた包丁で、それで釣りあがった目をしたあの女は私を刺した。
アウラは制服とその下に着ていたシャツをめくってお腹を見せた。平らなお腹の右のわき腹にはギザギザの傷跡があった。
僕は何も無いはずの自分の右のわき腹がずきんと痛んだ気がした。
気が付いたら祖母の家だった。血を流して倒れている私を育ての父親が見つけて祖母が私を病院に連れて行ってくれたの。
私が勝手に包丁を持ち出して転んだ上での事故だということにされて、その夏は祖母の家で過ごして、そこで初めて自分の生い立ちを聞かされた。
いつまでも祖母の家にいるわけにもいかず、私は家に戻って、育ての母親は夜勤の仕事に変わって私たちは顔を合わさないように生活した。高校生になったら、空いている時間は全部アルバイトを入れて家にはあんまり帰らなくなった。
大学へ行きたいと思ったのは復讐のためかもしれない。彼女が執着する中流階級の普通の暮らしより上に私は行きたかった。
結局、奨学金が貰えずにB計画に応募して、もちろん誰にも内緒だったけど、合格通知が家に送られてきて、あの女が先にそれを見つけた。
ねえ、合格通知に書いてなかった?「女性は出発までの1ヶ月間は禁欲のこと」って。
そんなこと書いてあったかな?僕は思い出せなかったし、男性に来た合格通知とは文章が違うかもしれない。
それで、あの女は出発前にそういうことをしていないかの検査があると思い込んで、出発の前の夜に、雇った男たちに私を襲わせたの。
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