第14話 長い長い午後
僕が食堂に行くと、所長が前に出た。
「一部で噂になっているので、先に発表します。アウラが妊娠しました」
沸き起こる歓声と拍手。指笛を吹く者までいて、その騒ぎの中で僕は一人現実から取り残された。
僕はどうしていいかわからずアウラを見ると、僕にだけ聞こえる声で「後で話す」と言われてしまった。
午後も一応とはいえみんなそれぞれの作業があるし、あれは夕食後という意味だなと僕は長い午後を過ごす。
ラボに行ってみたけれど、中から人の気配がしたので僕は回れ右をして、誰もいそうにない場所、敷地の北のほうへ向かった。
故郷の惑星にいたころは、独りになりたい時は大通りに出た。そこは、工場へ行くのか学校帰りなのか、マーケットに買い物に行くのか人が溢れていたけれど、それはみんな知らない人で、だからそこでは独りになれた。
だけどこの惑星に人間は28人しかいないけれどみんな知り合いだ。
僕は故郷の星の狭い自分の部屋のベッドに潜り込みたくなった。でもあの部屋はもうない。僕がここに来て、一人になった母は単身者用のもっと狭いアパートに引っ越したはずだ。僕には帰れるところさえない。
僕は誰からも話しかけられたくなくて、所長のコテージのさらに北側の誰の姿も見えないあたりを意味もなく歩き回る。
このあたりはまだ塀もできていなくて、僕はいつの間にか敷地の外に出てしまったようだ。ああ、戻らなきゃ、と思った時、僕は地面の一部がうっすら黒くなっているのを見つけた。
シャワールーム2つ分ぐらいの範囲が色が変わっている。境界は曖昧でよく見ないとわからないぐらいだったけど。
この惑星の乾燥地帯はかなり均一な土で、どこも同じ薄い茶色をしている。ただ、水を含むと色が濃くなるから、水分を含んでいるのかと触ってみてもそんな様子はなかった。
なんだろう?と思いながらも、僕はずっと違うことを考えていたから。
所長があんな発表をしたということはアウラの妊娠は間違いではないのだろう。でも僕はアウラになにもしていない。自信を持って言うけど、ピカピカの童貞だ。ということは、アウラは他の誰かとそういうことをした?
その考えが浮かんだ僕は、地面の色のことなんかすっかり忘れてしまった。
アウラは他の誰かとそういうことをした。僕が納得できる答えはそれしかなかった。でも誰と?いや、その前に。ペアになった相手以外とそういうことをしてもいいのかという疑問。
禁止、とは言われなかったけれど。そしてB計画の意味から考えると、人類が他の惑星で子供を作ることができるのであれば、誰の子供でもいいはずだった。
だったら、ペアを作る意味は何だっていうんだ。全員を1つの部屋に放り込んでおけばいいじゃないか。実験動物ならそうすべきだ。
僕は苛々と歩き回る。アウラは夜はずっと僕たちのコテージにいたけど昼間は、全員何らかの作業をしていてバラバラに過ごしている。だから、誰かとどこかでそういうことをしたとしても不思議ではない。
アウラは後で話すと言ったけど、どんな言い訳をするつもりなのか。
便宜上ペアになっただけのアウラに僕は何故こんなにも苛々させられるのだろう。
この惑星の白くて遠くにあるために小さく見える恒星はまだ高い位置にある。
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