第10話 恋人たち
翌朝アウラが「おはよう。昨夜はごめんね」と起きてきて、もうすっかり大丈夫そうだったけど、何に対してのごめんなんだろう?心配をかけたから?それとも任務が遂行できなかったことに関してなのか。悩みながらも僕たちは連れ立って食堂へと向かう。
朝食にはいつもと違うパンが出た。合成パンには違いないけど、僕がいつも食べていたのは、僕の握りこぶしより一回り大きくて、丸くてふわふわしたうすら甘いやつだ。でも今朝のは楕円形で皮がパリッと固くて中身の木目が粗い。甘くはなくて塩味だ。こんなの、僕は初めて食べる。
ところが普段食べていたのはこっちだという人がいた。2割ぐらいがこっちだと言って、中には1人、地区の一番端に住んでいて、隣の地区のマーケットに行けば違うパンが買えたという者もいる。そんなことがあるのかと思っていたら、これは所長が解説してくれた。ああ、所長もドクターもケイトも食事は一緒にしているんだ。
まずパン工場は合成パンミックスという粉を仕入れる。そして何種類かのパンを焼く技術はあるけど効率を重視して1つの工場では1種類のパンしか作らない。流通にかける燃料やエネルギーが足りないので合成パンは一旦政府に買い上げる形で近くのマーケットに並ぶ。だから1つの地区では1種類の合成パンしか手に入らない。この惑星にもそのほうが運ぶのに効率がいいからと合成パンミックス粉のかたちで運ばれてくる。それを使ってヤコブがいろんなパンを焼いてくれる。
僕はこっちのパンのほうが好きかもというと隣に座っていたアウラが、小さい子供やお年よりはやわらかいパンのほうがいいかもよ、と言う。合成パンぐらい好きなのを選べたらいいのに。
「そういうことも含めた食糧事情の改善のためにもB計画の成功が必要なのです」やばい、所長の長い話が始まりそうだ。
食堂の長いテーブルは、誰が何処というふうに席が決められているわけではないけれど、ペアになった2人は隣同士に座るというのがお約束になりつつあった。
ペアになってまだ3日目だというのに、それぞれのペアにはもうなにか夫婦のような雰囲気が漂っていて、アレとかソレとかで会話をしたりしている。
所長、この惑星のB計画は順調のようですよ。僕とアウラのペア以外は。
その日はアウラと低湿地帯を見に行こうかと思ったけど、アウラは昨夜熱を出して下がったばかりだし、昨日けっこう長距離を歩いたので僕も今頃足が痛くなってきた。
故郷の惑星で僕が住んでいたのは50階建てのアパートの46階で、エレベーターなんかなかったから46階まで1日最低1往復は階段を昇ったり降りたりしていた。
だから、多少の距離を歩くのは平気だと思っていたんだけど、階段を昇るのと平地を歩くのでは使う筋肉がちょっと違うのだろうか?
さて。それにしても土壌調査だ。何をしてもいいというのは今まで経験の無いことだった。高校時代のアルバイトは決められた荷物を決められた場所に運ぶだとか、決められた場所を掃除するとかそんなのばっかりだったし、学校の授業もどんな絵を描いてもいい美術の時間とか音楽の時間とかはしばらく前になくなったし、体育の授業もなくなった。もっともこれは飛んだり跳ねたり走ったりする場所がなくなってしまったからだけど。僕たちは自分で何かを「選択」をするという経験がほとんど無いまま大人になる。
僕はせっかく採取してきた土に何か植物を植えてみたらどうかと思いついた。植物の研究もしているというケイトに言えば種を分けてもらえるかもしれない。
しかしケイトはカウンセラーでもあるんだ。アウラとまだ何もできていないことを知られるのはちょっと恥ずかしい。それは僕のつまらない自尊心かもしれないけれど、ケイトとは土壌調査の話だけをすることにしよう。
ケイトにもらった大豆を撒いてみる事にして比較のために乾燥地帯の土にも撒いてみようそれには土が必要と、鶏小屋の西側に採取に行ったのに鶏小屋付近にアウラの姿はなかった。
なんだ。。。僕はがっかりして、って、僕はどうしてがっかりしているんだろう。まるで恋する少年のようだ。
豚小屋の向こう側で、家具修理の担当者だろうか、まばらに打たれていた杭よりももうちょっとマシな塀を作っているのが見える。
この惑星にいる動物はここにいる人間と豚と鶏だけだし、植物も畑に植えてあるもののほかはあの頼りない草だけだというのに塀に何の意味があるんだろう。
守りたいものができたら、境界線が欲しくなるのだろうか。
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