第8話 青い星の朝

翌朝、僕はアウラが起きだして来た気配で目を覚まし、僕たちは昨夜のことには一言も触れずにコーヒーを飲み、交代で顔を洗って連れ立って食堂に向かった。

アウラは今朝も黄色の髪ゴムで長い髪をひとつに纏めていた。


他のみんなと顔を合わせるのはなんだか恥ずかしい。どんな顔でどんな話をしたらいいんだろう?

と思っていたけど、アウラはきゃぁきゃぁと他の女の子たちと話を始めた。

あなたの髪ゴムは水色なの?とか、私もピンクがよかったー、とか。


僕たち男性陣はそれを見てちょっとほっとして朝食を食べた。パンはもちろん合成パンだったけど、いつも食べていたのより美味しい気がする。そして今朝の強化スープには合成カレーパウダーが入っていた。僕の目には他の野郎どもの顔が心なしかテカテカしているように見える。最初の夜からつまずいてしまったのはきっと僕だけなんだろう。彼らの顔がなんだか自慢げに見えて、僕は下を向いて朝食を済ませた。


朝食後はそれぞれに割り当てられた仕事先へと向かって行く。

僕は「地質調査」だったけれど、何をしたらいいのかさっぱりわからなかったのでまずラボに向かった。


思った通り、ラボには昨年と一昨年の地質調査の記録があった。

もちろん、危険なものや毒性がないことはこの惑星が発見されてB計画が始まる前に調査されていたのだろうけど、それだけではなく去年と一昨年の地質調査担当者が調べた詳細な調査の結果だ。


まずこの惑星の陸地、といっても海は存在しない。陸地は乾燥地帯と低湿地帯と高湿地帯にわかれている。ここの建物が建っているのは乾燥地帯だ。

ところどころの土地が少し低くなっているところに低湿地帯があり、南半球はほとんどが高湿地帯だ。

低湿地帯の土はここよりも沢山の水分を含んでいて、高湿地帯の土は泥のようで、底なし沼のようになっているらしい。

そして湿地帯には単に「草」と呼ばれる植物が生えている。これは長さが15センチほどの細長い葉だけのようなもので、茎を持たず花は咲かせない。

地下茎で繋がっていて、根を伸ばして増える。なにかの拍子に葉がちぎれて飛んで行き、落ちたところの条件がよければそこに根を降ろして増えることもあるらしい。

僕は湿地帯の草を見てみたくなった。


あとは、土の成分と割合、砂粒の色や大きさなどの記録と標本など。

そして、「調査」は要するに何をしてもいいということらしかった。


僕は午前中は資料を読み、午後から一番近い低湿地帯に行ってみることにした。


昼食後、敷地の外に出るのは所長の許可がいるんだったと所長のコテージに向かっている時、へっぴり腰で鶏の世話をするアウラを見かけた。

エサか水をやろうとしているけど、どうやら鶏が怖いようでおそるおそるという感じだ。僕はそんなアウラを見て、ちょっとかわいいなと思った。


所長に低湿地帯を見に行きたいというと、あっさり許可され、念のためにと携帯用の通信機を貸してくれ、使い方を教えてくれた。

ついでに湿地帯の土も採取してくるつもりでヤコブに言ってバケツと小さいシャベルも借りてきた。ヤコブは忘れずに飲み水を持っていくようにと言ってくれた。


僕はひたすら南に向かって歩く。しばらく歩くと建物は見えなくなり、地上にはまるで僕だけになったような不思議な感覚。


故郷の惑星には人が溢れていた。夜になり、自室の、といっても2年前に兄が結婚して出て行くまで、僕は兄と1つの部屋を使っていた。

兄が12歳になった頃、真ん中に布を釣って2つに分けたけど、そうしたらベッドとデスクを置くともう立っている場所さえなかった狭さだ。

おまけに壁が薄いので、ベッドに入っても兄の寝息や、隣の部屋の母が寝返りをする気配、隣の部屋の住人が窓を開ける音、上の階の住人が起きだしてトイレに行く音まで聞こえた。

朝になると道は学校や工場に行く人であふれ、学校の教室はぎゅうぎゅう詰めだ。

そんな中で生活をしていたからか、見えるところに他人がいないというのは淋しいというより心もとない感じがした。


もし今ここで僕が倒れて通信機も使えないとしたら。

一番近い低湿地帯に行くと言ってきたので所長と、多分ヤコブが探しに来てくれるだろう。

でも見つからなかったら?


僕という存在がここで終わってしまう。

それはイヤだと思った。だから人は子供を作ろうとするのか?

今までは人が子供を作るのは義務だからだと思っていたけれど。


そんなことを考えながら歩いていて、見えてきたのは緑。草原だった。立ち尽くす僕の目の前を、一面の草原に青い風が渡っていく。

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