第7話 長い夜

ソファに並んで座って、大き目のマグカップのコーヒーを飲みながら、アウラがジェイミィはどうしてB計画に応募しようと思ったの?と聞いてきた。

よかった、アウラから話を振ってくれた。

だから、僕はエリナの話をした。1歳年下の恋人が18歳になるのを待つために応募したのだと。

いい話ね、とアウラは言ってくれたけど。

それを聞いて僕は後悔した。今からそういうことをしようとする相手に、故郷の惑星に残してきた恋人の話をするなんてデリカシーのないことだった。

「えっと、あの、なんかごめん」

僕はアウラに謝った。

別に謝ることないじゃない。そういうアウラは多分僕と同じ歳だけど少し大人びて見えた。


アウラはどうして応募したの?と聞くと、アウラもゆっくり話し始めた。

「できたらね、大学に行きたかったの。それで奨学金をと思ったんだけど、ちょっと成績が足りなくて」

「すごい!」思わず僕は叫んだ。


そのころの僕たちの故郷の惑星は、圧倒的な学歴社会だった。

中卒か、高卒か、専門学校か大卒かで就ける職業が違ったし給料にも大きな差があった。

教師なんかはこれは差別ではなく区別です、と言うけれど。日々の暮らしがギリギリの人々は、まあ小学校と中学校は義務教育で無償だけどそれ以上の学校の学費はとても高い。

だから、どんなにがんばっても高卒の両親は子供たちに高校までの学費しか用意できなくて、専門学校卒の両親もそれは同じで、借金というものが一切認められない社会だったから、その差は親から子へと受け継がれてほとんど身分制度みたいなものだった。だから大卒の人たちは上流階級と呼ばれ、専門学校卒と高卒は中流階級、その中で専門学校卒は技術者階級とも呼ばれる。中卒は、下流階級とは呼ばれなかったけど、かわりに貧民窟の人とか呼ばれていた。

大卒は、ほとんどが医者か役人だったけど、彼らは一定の割合で存在しないと困る人たちだ。そして、大卒の両親が1人しか子供を持たないこともたまにはある。

だから、医者が足りなくなったりして、ほんの少しだけ何万人に1人ぐらいだけど中流階級から大学に行くための奨学金が支給された。

でもそれは、高校を10校も集めた中での成績が1番ぐらいでないともらえないはずだ。


いや、だからもらえなかったんだって。とアウラは言うけど、奨学金をと考えられるだけですごいことだ。


マグカップはすっかり空になり、時計はもうけっこう遅い時間だった。


あの、シャワーを浴びてこない?そう言う僕にアウラも多少オタオタしながらそうね、じゃあお先にとシャワールームに消えた。


はあああーっ。

シャワールームのドアが閉まる音を聞いてから、僕は盛大にため息をついた。

今頃、他のみんなはどうしているんだろう。きっと順調に任務を遂行しているんだろうなと思うと少し情けなくなった。


僕が何回目かのため息をついたころ、シャワーの音が止まって、ドライヤーの音が聞こえ始めた。

ドライヤーまであるなんて、やはり待遇がいいなと僕はもう一度感動した。


やがてバスケットに入っていたストライプのパジャマを着たアウラがリビングに来た。彼女は黄色のヘアゴムで髪を1つに束ねていて、その白いうなじに僕はクラッときそうになった。


続いて僕もシャワーを浴びながら、がんばって冷静になろうとした。シャワールームにあったシャンプーは僕が故郷の家で使っていたものよりワンランク高級だった。

うん、僕は冷静だ、と思いながらも、僕はシャンプーを2回もしてしまった。あんまり冷静ではなかったらしい。水道の使用量に制限が無くてよかった。


僕がリビングに戻った時、アウラは教育番組を見ていた。何千年も昔の地層から発見されたハスの種が芽を出して花を咲かせる話だ。

僕もこの番組はよく見ていたなぁ、と言うとアウラも私も好きだったわと答え、僕はアウラとの共通点を見つけて少し嬉しくなった。

その番組の後半を一緒に見て、終わった頃に僕は一大決心をして、そっと、隣に座っているアウラの肩に手を回そうとして。


僕の手が触れた瞬間、アウラはビクッとして固まってしまった。


あああ、急ぎすぎた!?

僕は激しく後悔して、なんかいろんなものがしぼんでしまった気分だった。ごめん、僕は今夜ソファで寝るよ、そう言って寝室から予備の毛布を持ってきた。

アウラはベッドで寝て。そう言うとアウラはごめんなさいと言いながらも素直に寝室に行ってしまった。


僕はその夜最後のため息をついて、灯りを消してソファに横になった。

眠れないかと思ったけれど、今日はいろいろありすぎて疲れたのか、僕はすぐに眠りに落ちた。

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