第6話 青い夜のアウラ
12番のコテージは一番鳥小屋に近い、敷地の南西の端にあった。
コンクリートの階段を2段あがって玄関のドアを開けると、室内に自動で灯りが燈った。やさしい光だ。僕は少しほっとした。
コテージのなかはまず2人掛けのソファとローテーブル、壁にはそんなに大きくも小さくもないモニターがかかったリビング。
端には小さな流しがあって、電気ポットとマグカップが2個、合成インスタントコーヒーに合成甘味料、合成ミルクパウダーまであった。
それから、広くはないけど清潔なシャワールームとトイレ。
奥のドアを開けるとそこは寝室で、わかっていたけど真ん中にダブルベッド。
僕はそっと寝室のドアを閉め、リビングのローテーブルにあったタブレット端末を取り上げてTVのスイッチを入れた。
番組表を眺めると、故郷の惑星で去年やっていたドラマや音楽番組があった。
あとはいわゆる教養番組。大昔に生きていた動物や、エンドウマメを使った遺伝の話なんかを昔の映像と図や模型で解説する、中学生が学校から帰って、家事の手伝いが済んだ後に両親が帰ってくるまで時間つぶしに見るようなやつだ。
これはライブラリに繋がっているらしく、かなりいろいろ見れるようだった。それから、大昔の映画。
沈黙が怖い僕は小さいボリュームで音楽番組をかけた。
それから、さっき受け取ったバスケットの中身を確認する。
今着ている制服の色違いの若草色のものと紺色のものが各1着。Tシャツと下着とソックス。パジャマ。タオルや歯ブラシやひげそり用のカミソリなんかが過不足なく入っていた。
アウラも自分のバスケットの中を見て、あら、と小さく声を出した。
振り向いた僕に「よかった、ヘアゴムも入ってる」と嬉しそうに言った。「出発前にこの制服に着替えた時、そういうのは全部取り上げられちゃったの」
バスケットの中身をチェックし終えて、することがなくなった僕たちの沈黙の間に去年のヒット曲が流れてくる。
このままじゃダメだ。なにかしゃべらなきゃ。そして、そういうことをする雰囲気に持っていかなくちゃ。だけどそれは、とてつもなく大変なミッションのように僕には思えた。
だいたい僕はエリスとだって軽く触れるようなキスしかしたことがないんだ。
そしてなによりも。
僕たちは結婚するまではそういうことをしてはいけないと厳しく教えられて育った。それは、他人のものを盗んではけないとか、他人を殴ってはいけないとか、そういうのと同じレベルで。
そしてもし結婚前にそういうことをして子供が出来たら。子供は強制堕胎で闇の川の向こうに流され、そういうことをした本人は一生強制労働だろう。
だから、もしかしたら巧妙に隠されていたのかもしれないけれど、僕の知る限りでは結婚前にそういうことをしたという話は聞いたことがない。
もちろん、僕は何をどうすればいいのかは知っていた。
でもそれは、ベッドに入ってパジャマを脱いだ後に物理的にどうするのかという話であって、その前には何をしたらいいのか。
僕は早くも人生最大のピンチに立たされた気分だった。
「えっと、あの、コーヒー飲む?」目線があちこちをさまよっていてコーヒーセットが目に入った僕は間抜けな提案をした。
「そうね、飲みたいかな」「あ、でもウォーターサーバーから水を汲んでこなきゃ」
よし、これで一旦外に出て深呼吸ができる、と思ったらアウラが、私さっき夕食の後に汲んできたの、とペットボトルを出して見せた。
なんてこった。。。アウラは気が利くね。
それでもお湯が沸くまでポットのランプを眺めていた僕は少しだけ冷静になった。焦ってもしかたがない。
ま、開き直ったともいうけど。
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