スイッチ・ポイント 1

 彼女と遊ぶ日になった。

 この日に備えて、一年ぶりにファストファッション以外の店で服を揃えた。


 ……我ながら、どうかと思う。

 友人がいないと、このような人間になってしまうのだ。

 見るべき他者がいないと、人の格好というものはどこまでも適当なものになってしまう。


 彼女と待ち合わせたのは、この近辺で一番大きな駅。休日とだけあって、様々な人でごった返している。

 ホームに降り立つと、彼女がいた。


「あ、霞さーん!」

 彼女が声を出し、手を振ってくる。その様子に周囲の人間の視線が向かう。もっとも、それは彼女の美しさのせいかもしれないが。


 注目を浴びるのは恥ずかしいけれど、彼女の行為・好意に対し、何もしないのも気が引ける。


「あ、ゆ、由香里ちゃん」

 私は恥ずかし交じりに手を振り返した。彼女が近寄ってくる。


「おはようございます! いやこんにちはかな?」

 彼女が首を傾げる。時刻は、午前十一時過ぎだった。彼女のそんな様子が可愛らしく、私は思わず笑いを漏らしてしまう。


「どちらでも大丈夫。とりあえず、いこっか」

「そうですね。上映まではまだ時間ありますし、どこかで時間潰しましょう」


「由香里ちゃん、どこか行きたいところとかは?」

「えっと、霞さんの行きたいところに合わせますけど」


「え」

 と私は絶句する。

 他人と遊んだ経験が希薄な私に、それを言うのは少し酷だ。


 それに、私はここら近辺に何があるのかよくわかっていない。

 大きなデパートが数件、映画館が二件、あとはよくわからない商店街とか歓楽街とか。あと……大きな書店?


 とにかく、どうやって時間を潰すのかがわからない。

 それはひとりの時ではなく、このように誰かと一緒にいる場合。


「ええ、と……特には……」

「そ、そうですか」

 彼女が困った顔をする。これじゃあ駄目だ、と私は脳内を必死に探し回る。

 時刻は十一時過ぎ。映画は一時から。


「あ、その……ご飯食べる?」

「……あ、は、はい……」

 これで良いのか、という疑問が浮かびつつも、とにかく私たちは昼ご飯を食べることになった。


                  ○


 昼食を終え、少し散歩をしたあと映画館に。


 館内に足を踏み入れると、人で溢れていた。普段は朝一番の上映を観に行くので、その盛況ぶりに私は少したじろぐ。


「あの」

 隣の彼女が、まじまじと私を見上げ言った。


「どうしたの?」

「グッズ見ても、いいですか?」

「あ、うん。それは勿論」

 彼女の申し出を快諾すると、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、売店へと去って行った。

 そんな彼女の背中を追うように、私も売店へ。


「あ、キャップにアイアンマン、ソーのフィギュアもある!」

 嬉々として彼女は商品を見て回っては、「欲しい」だの「なるほど」だの、様々な言葉を口にする。

 そんな彼女の様子を見つつ、私は将来オタクになりそうだな)と思うのであった。


「……そろそろ、映画始まるよ?」

 時計を見ると、上映開始五分前だった。開始して十分程度は他作品の予告が入るものの、それが流れている中を割って入るのは少し気が引ける。


「あ、そうですね。行きましょう行きましょう」

 私が声をかけると、彼女はそう言って足早にレジへと向かい、パンフレットを買う。彼女はそのパンフレットを大事そうに抱きながら歩く。少し、歩調が弾んでいるように思えた。


 シアターの中に入ると、予告が始まる寸前だった。

『○○でキャラクターショップ開催中!』

 というアナウンスが聞こえてくる。見ると、どうやら私たちが今から見る映画のキャラクターショップが、この近所の大型雑貨店で開催されているらしい。


「行く?」

「あ、行きます行きます。行きたいです」

 私が問うと、彼女は食いぎみに首肯した。私はそんな彼女の様子を見つつ、つい口元が綻ぶ。


 劇場が暗くなり、予告が流れる。

 そして、映画が始まった。


 静かに、そして重厚に。銀幕は物語を描く。

 普段ならば、私はスクリーンに意識を集中させているだろう。


 しかし、今日は違った。


 私の意識は、私が望む望まないに関わらず、彼女へと向いていた。

 眼前では派手な爆発が起き、キャストが演じるキャラクターたちがところ狭しと活躍している。


 間違いなく、面白い。そんな映画が、目の前に展開されている。


 なのに。


 私には、その映像も、話の筋立ても、どこか軽く思えた。


 彼女が、隣にいる。

 それだけが、ただ私にとっては重要だったのだ。


 彼女の真っ白な手。

 普段の仕事で酷使しているだろうに、まるで絶対不可侵な聖域のように、その手は白さを保っていた。


 その手に、私の手を伸ばしたいという欲求が、首をもたげる。

 私はスクリーンよりも、その欲求を押さえるために注意を払うのだった。


                 ○


「面白かったですね!」

「うん、そうだね、面白かった」

 用意しておいた言葉を、どこか機械的に読み上げる。

 それは、彼女に心中を見透かされないように。


 あの映画は、多分面白かったのだと思う。

 けれど、私はその内容を理解すること、咀嚼することが出来なかった。


 理由は、彼女。

 彼女の存在に、私の意識は根こそぎ持って行かれてしまった。

 ……また観に行かなきゃいけないな、と思う。


「キャラクターショップ行く?」

「あ、その前に喉渇いたので……お茶を」

 私がそう尋ねると、彼女がエアティーカップを持ち、それをあおるジェスチャーをする。


「なるほど。じゃあ、そうしようか」

 というわけで、私たちはお茶を飲みに行くことにした。


 休日の、しかも繁華街。

 喫茶店なんて容易に空いていない……と思ったら、すんなり入れて驚く私たちであった。


 お茶を飲みながら、私は彼女の映画感想トークにただ相槌を打つ機械となる。

 彼女のトークはひたすらに続き、気がつくと一時間近く経っていた。


「あ、もうこんな時間」

 彼女が現在時刻に気づき、驚く。ちなみに、今は五時を少し過ぎている。

 彼女と夕食を食べる予定はない。なので、スケジュールが押している、と言ってもいいのだろう。


「キャラクターショップ……いけるかな……」

 彼女が不安げに漏らすので、私はこう返す。


「私は大丈夫。門限とかは?」

「えっと、門限は大丈夫です。ただ、夕ご飯作ってくれてると思うので。……霞さんは大丈夫ですか?」

 彼女の問いに、私は思わず微笑する。


「社会人のひとり暮らしで門限があったら、それはそれですごいわね」

 私の皮肉交じりの言葉を聞いた彼女は、苦笑した。


「それもそうですね。……では、行きましょう。お願いします」


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