第8話

消防士学校十二月開講の時期が来た。金城は渡辺の言う通り、毎朝聖書を読み祈った。

「神様どうか御加護のうちにありますように」

礼拝も毎回出席した。教会の清掃も欠かさなかった。西村牧師の入門講座も金城の方から積極的に質問した。金城は徐々に柔和さと厳格さが身に付いて行った。

消防士入学式が始まった。金城が代表で宣誓した。

「人命救助に当たる消防士になるために、誠心誠意、勉学、訓練に励むことを誓います!」

厳しい消防士学校の生活が始まった。寮では六人組になってそれぞれ個室を与えられ、洗面所風呂場は共有だった。アルコールはもちろん、携帯やトランプなどの持ち込みもできなかった。一日のスケジュールは朝六時起床。十分後にはグラウンドで点呼、終了後体操と校内マラソン、校内の清掃という流れだった。その後は午前中の授業がスタートし十二時まで授業。お昼、休憩を挟んで十三時から午後の授業がスタートした。午後は主に訓練や体力トレーニングが中心となった。五時に午後の授業が終わり、六時に夕食、就寝の十一時まで時間があるが、各々トレーニングに励んだり、今日の授業の復習をしていた。金城は体力も他の学生よりあったし、頭も良かった。一日のスケジュールを難なくこなし、教官も口には出さなかったが、卒業後は優秀な消防士になると確信していた。金城はクリスマスの洗礼式だけには教会に出席しようと決めていた。日曜日に西村牧師に連絡を取り、信仰告白と洗礼式に臨もうと決めていた。十二月二十四日のクリスマスの時、ちょうど日曜日で、教会に行きますと断って学校を後にした。礼拝の始まる十時より一時間前の九時から長老会の諮問会議が始まった。西村牧師と長老八人が集まり、会議室で金城の信仰告白と長老会による諮問会議が始まった。まずは金城の信仰告白が始まった。

「私は『主に従いなさい』という神の声を聞き、ヤクザの世界から足を洗いました。しかし、私のしてきたことはとても許されることではありません。ですが、イエス様が罪を贖ってくれ、神様の憐れみによってここにいられると思います。イエス様の贖いは私の罪を洗い流し、神様は命の源として私を生かしてくださいます。聖霊が私を良き方向に導き、時には慰めてくださいます。これから沢山の困難があるかと思いますが、三位一体の神様に導かれながら進んでいこうと思います」

渡辺が様子を伺うように、それでよろしいですか?問いかけた。

金城は以上ですと答えた。

谷口が笑顔になった。

「お手本みたいな信仰告白やのう」

西村牧師が何か異議ありますかと他の長老に尋ねた。

長老八人はにこやかに微笑んで、口を揃えて異議ありませんと答えた。

西村牧師が金城に話しかけた。

「私は金城さんが拘置所でどん底のところから知っています。ここまで回心し、立ち直る人は少ないです。どうかいつも信仰を持って歩んで行ってください」

「洗礼はご存知のとうり、前の自分から新しい自分へと変えられることを意味します」

金城は「有難うございます」と頭を下げた。

「では礼拝中に洗礼式を行いますので、『誓います』と宣誓してください」

「はい、分かりました」

長老が代わる代わる金城に握手を求め、肩を叩いたり一言二言言葉を交わしたりした。

金城にしてみれば、優しくて温かいお兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのように感じられた。

程なくして礼拝が始まった。荘厳なパイプオルガンの前奏から始まり、式は進んで行った。中程で洗礼式となった。

西村牧師が一段高い壇上に金城を呼び、聖礼典を読み始めた。

「私たちは罪の中に生まれましたから、そのままでは神の御心に叶うことはできません。そこで、救い主イエスキリストは誰でも水と霊とから生まれなければ神の国へと入ることはできないと言われ、罪の赦しと新しい命を与えるためにバプテスマを制定されました。私たちは今、金城兄弟がバプテスマを受け、キリストの聖なる教会に入れられ、そこにつながる枝となるように祈ります。金城兄弟、あなたは父子聖霊なる三位一体の神を信じ、この教会員としての立場を全うすることを誓いますか?」

金城はためらわずに答えた。

「誓います」

「では洗礼式に移ります」

ルルドの泉から汲んできた聖水を用意し、金城にひざまずくように促した。谷口が聖水の入った大きな器を持ち、西村牧師が洗礼を始めた。

「金城真斗に洗礼を施す。父、子、聖霊の御名に寄ってバプテスマを施す」

聖水は三度、金城の頭の天辺を浸した。聖水は金城の頭の天辺を浸し、それは生まれ変わりを意味していた。金城はしばらく目をつぶったままでいた。礼拝堂の会衆も固唾を飲んでしんと静まり返っていた。金城は無我でいた。谷口がおもむろにタオルを用意して聖水を拭うために金城に手渡した。金城は無言のままタオルを受け取り、聖水を拭った。司式をしていた渡辺が賛美歌を歌うように会衆に促した。

「皆さん賛美いたしましょう賛美歌六十六番」

荘厳なパイプオルガンの前奏が始まり、会衆は立ち上がり賛美の歌を神に捧げた。

「父と子と聖霊の神の名によりて、いま洗礼を受け、民に加えられ、主と共に死にて主と共に生きる」

後奏が終わり、西村牧師が金城を紹介した。

「今、洗礼を受けられた金城真斗さんです。金城さんの方から紹介いただきましょう」

「金城真斗です、私はまだ未熟で分からないことが多いです。大先輩方を見習いながら成長していきたいと思います。よろしくお願いいたします」

会衆から拍手が送られた。渡辺が司式で、これにて洗礼式を終わりますと言った。






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