第3話
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金城は拘留されている二日間の間、ずっと山田と中本の家族のことを考えていた。金城には家族はいなかったが、小さな時はそれなりに親からの愛情を受けて育った、近所から悪ガキと言われても、両親、とくに母親は守ってくれた。少年時代には楽しい思い出が沢山ある。友達家族とディズニーランドに行った思い出、築地市場で美味しいお寿司を友達と一緒に食べた思い出。放課後に小学校の校庭でサッカーや野球をやった思い出。その思い出のひとつひとつが、いまヤクザをやっていて、仲間を思う気持ちにつながっていた。
そんな金城は、山田と中本が子分としてヤクザをやっていて、家族になんて話しているんだろうと思うと、不憫でならなかった。
金城はヤクザマンションに帰ってきた。そこでは山田と中本が待っていた。二人は金城が帰ってくるなり、思わず叫ぶようにして金城を呼んだ。
「兄貴!」
山田は用意しておいた特上の寿司と、金城の好きな加賀棒茶を用意していた。
「兄貴の好きな特上の寿司と、加賀棒茶です!」
すぐさま金城は手づかみで寿司を持ち、一貫一貫味わいながら食べていった……食べ終わると、深く息を吐きながら、ソファーに横になった。たまらなく心地の良い満足感の中で、金城は目をつぶり、満たされた感覚に浸っていた。山田と中本はそれをじっと見守っていた。五分も経ったろうか。金城は立ち上がり二人に話した。
「今回の件は本当に済まなかった。俺がドジ踏んだばかりに……」
中本がそれに返した。
「そんな俺たちに謝らないでくださいよ。それより兄貴は大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だよ。殴られもしないし、初犯だったから、大目に見てくれた。でもな次は実刑が下る。しかもサツは俺が中学の時から見張っていたらしい」
三人は身動きが取りにくいことが分かっていた。今度は山田と中本も摘発されるかもしれない。気まずい雰囲気の中で突然電話がなった。金城が電話に出た。
「本部ですが、金城兄貴ですか。神部組長から話があるそうです」
「神部だが、シノギは続けるつもりだよな」
金城はどうしていいか分からなかったが、とにかく従うことにした。
「やります。通常どうりやります」
神部は付け加えた。
「それとだな、稲本組と戦争になりそうだ。うちの若中が、稲本組の組長を切りつけた。ちゃんと指揮系統が働くようにしておけ」
「了解しました。そうしておきます」
そう言ったきり、神部からの電話は切れた。金城は二人にシノギを今まで通りやることと、稲本会と戦争になりそうだと話した。
とりあえずその日は夕暮れ時だったので、コカインの取引をするために、山田は渋谷のセンター街。中本は六本木に出かけることになった。金城は二人に声をかけた。
「気をつけて行けよ。見つかるなよ」
山田と中本はまかしておいてくださいよと言って出ていったが、金城には分かっていた。こうしていることも、警察には筒抜けだ。また捕まることは時間の問題と思った。考えているうちに、極道をやっているのももう潮時かなと思った。次は、山田と中本も捕まるかもしれない。次に俺が捕まっても実刑で三年ぐらいだろう。そんなことを考えていると突然凄い音がした。
「バシャッ」
それと同時に窓ガラスに弾痕が残った。金城はとっさに稲本会のものだと分かった。金城は応戦しようとしてライフルを構えた。スコープで相手を探すがなかなか見つからない。少ししてまた凄い音がした。
「バシャッ」
又しても窓ガラスを貫通した。金城は相手がどこにいるのかライフルのスコープで探したが見つからない。ライフルを構え集中した……。いた!向こうもライフルを構えている!五百メートル先か。金城は冷静に照準を絞り、ゆっくりと目標を射抜くようにして、引き金を引いた!サイレンサーを付けたライフルは静かな音を立て、銃弾は相手を撃ち抜いた!金城はすぐに双眼鏡を持ち、相手の様子を伺った。どうやら頭を撃ち抜いたようだ。金城はライフルを置き、とりあえず山田と中本を引き上げさせることにした。二人に連絡を取り、事務所に引き上げるように言った。しばらくして二人は帰ってきた。山田が金城に言った。
「兄貴。何かあったんですか?ライフルが置いてありますけど。俺たちに説明してください」
金城は少し間をおいて話し始めた。
「山本会は稲本会と戦争に入った。さっきも、稲本会の組の者からガラス窓に二発発砲があった。俺は応戦してそいつの頭を撃ち抜き、仕留めた。これから全面戦争になりそうだ。二人とも覚悟しておくように」
二人は押忍!と言って従った。
金城は続けて言った。
「武器はこれから本部から届くだろう。稲本会の組員だと確認したら殺してもいいから。二人とも命の保証はない。覚悟しておいてほしい」
山田と中本はすでに家族のことなど頭になかった。二人は押忍!と言って組のために金城のために命を捧げるつもりでいた。
しばらくして金城の携帯に一通のメールが入った。稲本会からだった。内容は、うちの者を殺してくれたみたいだな。すぐにでも報復する。と書いてあった。金城は武器をマンションに至急よこすように本部に要請した。武器は本部の若中がワゴンに乗せてすぐに持ってきた。ライフル、ショットガン、拳銃、手榴弾、サバイバルナイフ、大量の爆薬などが送られてきた。
山田が金城に話しかけた。
「兄貴。こりゃどえらい戦争になりそうですぜ。何人死ぬかわかりませんよ。俺も命はないものと思っています」
山田は中本にも話しかけた。
「俺たちよ、兄貴について来たけど、これで終わるかもしれないな。お前とも最高の時が過ごせてよかったよ。今度会う時は地獄で会うだろな」
そう言ったきり、山田は拳銃とサバイバルナイフを身につけて、様子を見て来ますと言ってマンションを出て行った。
金城と中本は、山田が帰ってくるのを待っていた。一時間、二時間待っても帰ってこなかった。すると金城の携帯にメールが一通入った。稲本会からのメールだった。そっちの若中、山田を殺した。新宿ゴールデン街の電柱に縄で吊るしてある。嘘だと思うなら、直接見てこい。という内容だった。金城は頭に血が上り気が狂いそうだった、ショットガンを構え、外に向かって大声で叫びながらショットガンを連射した。中本は慌てて金城に何があったんですかと訪ねた。金城は身震いしながら、顔を真っ赤にさせて答えた。
「山田が稲本会の者に殺された」
中本はヘラヘラと壊れたように笑いながら、そんなこと簡単なことですよと答えた。
「報復すりゃいいんですよ。これからワゴンに爆薬を大量に積んで、相手の事務所に突っ込みます。でもね兄貴。いくら極道でもやっちゃいけないことがある。俺にも家族がいる。うちの女房とチビには悪いが、再婚するか、女手一つでやって行ってくれと伝えて下さい。極道の成れの果てって言うんですかね。兄貴にはできれば極道から足を洗って欲しい。真っ当な生き方をして欲しい。俺たち間違ってたんですよ。でももう引き返すことは出来ない。イカれちまった極道は怖いものが無くなる。兄貴、長い間最高の時間をありがとよ。俺は人生勝ったと思うな。それじゃあ兄貴。地獄で会いましょう」
金城は中本がワゴンに爆薬を積んでいくのを黙って見ていた。
中本が出て行く時、金城にさようなら、さようならと手を振って出て行くところをただ黙って見ていた。中本が出て行ったあと。金城はただひとりうつむいていた。ソファー
に座り、うつむいたままただ黙っていた。二時間もたっただろうか。金城の携帯に一通のメールが入った。稲本会からだった。そっちの若中が事務所に車ごと突っ込んだ。爆薬を積んでだ。大量の死者が出た。これからそっちの本部に総攻撃をかける。覚悟しておけ。しばらくの沈黙の後、うつむいたまま金城は、‘怒りが頂点に達して完全に気が狂っていた。
「敵を殺してやる。百人でも二百人でも殺してやる。山田と中本のため。組のため。何人でも地獄の底まで追い詰めてやる」
そうしている中、警視庁捜査一課と機動隊は、新宿中を警備にまわっていた。金城の動きも筒抜けで、マンションにいつ突入するか上の指示を待っていた。金城のいるマンションに、十人規模の機動隊と、防弾チョッキとヘルメットをかぶった警部補が控えていた。警視庁本部からの指示待ちだった部隊は急いでいたのだろう、十分もしないうちに突撃の命令が下った。突撃の合図と共に、金城の部屋へ詰め寄り、警部補がチャイムを鳴らした。その時金城は来たかと思い、ショットガンと手榴弾を持ち玄関へと向かった。ドアを開けた瞬間、機動隊がなだれ込むように入っていき、金城を制圧しようとした!金城は手榴弾のピンを抜こうとしたが、機動隊が数人で金城を滅多打ちにした!金城は手榴弾を手の中から落とし、そのまま無力化するまで機動隊から滅多打ちになった。金城は猛獣のような声で、叫んだ。
「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」
機動隊も無力化するまで滅多打ちをやめない。三十分もしただろうか。金城は声も出なくなり、動かなくなった。そこで警部補が、やめの合図を送った。すかさず警部補は金城の手を後ろ手に回し、手錠をかけた!そして金城の口に猿ぐつわを噛ませた。警部補はこれで自殺もできないと言って、汗を拭い、水を飲み干した。次に警部補は、現場写真を撮り始めた。手馴れたものですぐに撮り終えた。金城が死んでないか脈を取った。異常はなかった。ただ気絶しているだけだろう。とりあえず救急車を呼ぶことにした。これでおおよその任務は終わった。警部補は機動隊に向かい、各自元の位置に戻ることを言った。金城を制圧し、任務は完了した。山本会と稲本会の抗争も収束に向かい、警視庁の仕事も終わりかけていた。しかし、この抗争で死者は五十人に登った。指定暴力団の抗争としては最大規模のものとなった。まさに血で血を洗う抗争にまで発展した。山本会の組長神部と稲本会組長共々事務所の一室で、切腹自殺を遂げていた。
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