第5話

少年は、海辺で父親の帰りを待っていた。少年の父親は漁師であり、船で遠い旅をしているのだった。一度船に乗ると、何ヶ月も帰ってこない、長い長い漁の旅。

しかし、その旅もまもなく終わりを告げる。報せが入ったのだ。半年前、出航していった船が、今日帰ってくると・・・。

少年は、朝早く家を飛び出し、海辺まで駆けていった。

船が帰ってくるのは夕刻。でも、とても家でじっと待ってはいられなかった。

季節は、秋から冬へ移ろうとしていた。冷たい風の吹き付ける浜に人気はない。灰色の雲が、空を横切っていく。水平線の彼方に、まだ船は見えない。

「父さんが帰ってきたら、ぼくがどんなに大きくなったか、見せてやるんだ」

半年前、少年は生まれて初めて漁船に乗った。父親に連れられて、船のデッキに立ち、遠く、水平線をながめた。あの時の潮の香を覚えている。


いつか、ぼくも航海へ連れて行ってよ。

少年の言葉に、父親は笑って頷いた。

お前がもっと大きくなったらな。


あれは、春だった。船は出航していき、少年は残された。あの日もちょうど今日のように、浜辺で父親を見送った。

「でも、やっぱりまだ父さんにはかなわないかな」

少年は、別れた日の父親を思いだし、ちょっとだけため息をついた。


夕暮れが迫っていた。真っ赤に燃える太陽が、海に沈んでいく。やがて、見えなくなるだろう。

夕陽はどこへ消えるのか?

「船だ!」

少年は叫び、水平線の彼方に小さく見えるその点を目で追った。夕陽の中に見える小さな黒いシミ。それは確かに船だった。

船はどこから現れたのか?

船が港へ入ってきた。

「お帰りなさい、父さん!」

夕陽に背を向けて、少年の父親は立っていた。

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