6.木之元 春海
やっとこのときが来た。
おれはあふれだす笑みをこらえるのに必死だった。
今日で5回目の15日。きのうとちがって教室が騒がしい。だけど決してうるさいとは思わない。むしろこの騒音がおれの心を高揚させた。
昨日までとは違うざわめき。これこそが、待ちに待ったこのときが現実であることと証明しているからだ。
うちのクラスにやってきた転校生が滝川さんをつれていき、放送で二人の声が聞こえたのは数十分前のこと。あの二人はまだ先生に怒られているのか、教室には戻ってきていない。
「今の放送なに?」
「滝川さんとあの転校生の…高宮くん?の声だったよね」
困惑するクラスメイト達。
今、この教室のなかで、彼らがなぜあんなことを放送で口走ったのか、そのことを理解しているのはおれだけだろう。
口角は自然とあがる。
勘違いをしてほしくはないから説明するが、この笑みは別に優越感には浸っているわけではない。ただ、止まっていた時がようやく動き始めたことを実感できて、素直に喜んでいるだけだ。
だが慌ただしい教室の中で一人笑みを浮かべているわけにはいかない。集団行動の中で、異なった行動をとる者は、すべて異端ととらえられるのだ。
「なあ、春海。さっきの放送の意味わかる?」
異端ではない正統な友人がおれに問いかけてきた。だからおれは彼らの中での正しい答えを述べる。
「んー。わからないな」
すると友人の顔がほころぶ。
「だよなぁ。なんだんだろーな、あれ」
「ほんとうに、意味わかんないよね」
嘘はついていない。
目の前の友人がおれに求めているもの、それは「さきほどの放送の真相」ではない。おれに求めているのは、同調だけだ。
共に二人のクラスメイトの不可解な行動について考察し、談笑することを彼は求めている。だからおれは彼の望みをかなえた。
ほら、嘘はついていない。おれは彼の求める『真実』を話したのだ。そう望まれている以上、わざわざ彼らを混乱させるようなことは言えない。だからおれは彼らの求める返答をする。
ああ。でも、と思う。
明日が繰り返されるのであれば、言ってもいいのかもしれない。どうせ明日の記憶は彼にはないのだから。だからたとえおれが異端な行動をとったとしてもその記憶は継続されない。
それともどうなのだろう。
今日の異変を境に、同じ明日はもうやっては来ないのだろうか?だとしたら説明をするべきではないのかもしれない。異端な行動をとるべきではないのかもしれない。記憶の継続がされた16日がやってきた場合、めんどうなことになりそうだ。
どちらにしても今日の放課後、視聴覚室に行けばなにかがわかるだろう。
そう思ったところで、ふいに空を見てみた。理由はない。ただ見るべきだと思ったから見た。
【GAME START】
電子的な文字で、それは空中に描かれていた。
どうやら時間は待ってはくれないようだ。
友人が隣にいるにも関わらず、自然とおれの口角はあがっていた。
終焉の国 味噌野 魚 @uoma
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