5.小波 空海
問題集を解いていた手が止まる。いや、手を止めざるを得なかった。
「ねぇ今の放送!」
「あれなんだったんだ?」
「こわーい」
煩い。
先ほどの放送以来、教室はざわめきと言う名の騒音に包まれていた。
いくら集中しても否応なしに聞こえる雑音に俺は舌打ちをする。
辺りを見回さずともこの音だけで周囲の状況はわかった。どうせ友人と言う名の小集団をつくり、肩を寄せ合い無駄な時間を過ごしているのだろう。
今日何度目かも知れないため息がこぼれる。
知能の低いサルは嫌いだ。騒いだところでどうにかなるわけでもないだろうに、ことあるごとに群れたがる。目障りだ。
そのときだった。
「あっれー、空海くーん?なんだよ、そのな・ま・い・き・な、顔」
「……。」
いつのまにだろうか。頭上で聞こえた声を怪訝に思い顔をあげれば、見知らぬ男子生徒たちが俺の席を囲んでいた。にたにたと嫌らしい笑みを浮かべて変えらは俺を見下ろしている。
煩わしい。
この男たちも、心配そうに俺を見るだけの周囲の目も。すべてが煩わしい。
「俺に何か用か?」
黙っていればこいつらは永遠に気色の悪い笑みを浮かべながら俺を見下ろし続けるのだろう。男に見つめられながら問題集を解く趣味は俺にはない。
問えば、男どもの顔がパッと輝いた。
「でました!空海君の決め台詞!」
「お前さぁ、いっつも生意気なんだよ。人を見下したような顔で」
そんな変わり映えのないセリフを聞いたことでやっと思い出した。
そうだ。こいつらはことあるごとにおれにつっかかってくるバカどもであった。
「おい、なんか言ったらどうなんだよっ!」
男が一人、俺の机を蹴った。俺を蹴らないあたりが小物だ。
反応をしても無視をしても、この手のやつらは俺がつっかかってくる。暇なのだろうか。ため息交じりに俺は口を開く。
「……お前、さっき見下したような顔と言ったな」
俺が話しかけてやったことがうれしかったのか、男共の口角があがった。
「言ったけどぉ?なに?文句でもあるのかよ」
男の言葉におれはついつい吹き出してしまう。文句?まさか。
「自分より知能の低い者を見下して、悪いか?」
「なっ」
男どもの顔がカッと朱に染まった。よくもまあそんなにもころころと顔を変えられるものだ。
「そ、それじゃあお前は、おれたちより頭がいいってんなら、あの放送の意味わかってんだろーなぁ?あ?」
あの放送。
その言葉を一瞬怪訝に思うが、理解した。15日が5日目だという、俺の集中をそぐ原因をつくった放送のことだ。
「もちろんだ」
「ほ、ほんとうか!」
するとクラスメイトたちが俺を囲んでいた男子生徒どもを押しのけて集まってきた。俺をとりかこむ人間が、次から次へ増える。ああ、煩い。
「あれ、どういう意味なんだよ」
「15日が5日目って…」
「教えてくれよ!」
好奇心にあふれた目も興奮した声もギラギラと輝く眼もすべてが煩わしい。
「たしかに、おれは意味がわかっている。だが、その意味をお前らに話してやるとは言っていない」
耳を手で押さえながら俺は煩い人間どもをにらみつける。
すると周囲に立つやつらの顔が変わる。眉を下げたり、逆に目を吊り上げたり、困惑したり。いろんな顔が俺を取り囲む。煩わしい。
「えー!」
「そんなっ、ずるいよ!」
「教えろよ!」
選択を間違えたらしい。やつらは自身の不満を俺にぶつける。人間相手だとどうしても思うようにいかない。少しは静かになるかと思ったわめき声だが、さきほどよりもいっそうひどくなった。
「ああ、煩い」
悪態をつけばざわめきはいっそうひどくなる。もう誰が何を言っているのかもわからない。
煩い。興味本位で聞いてくるやつらほど、煩いものはない。どうせ言ったって、こいつらは明日になれば、俺の言ったことを忘れているというのに。なぜ、解説する必要があるのか。
「だからお前は友達がいないんだよ!」
雑音の中で、誰かの一言が聞こえた。
「はあ」
こんな低レベルな学校に来たのがまちがいだった。3年前、どうして海外への推薦を蹴ってしまったのか。もう軽く一万回は超えたであろう後悔をした。
騒音は止まない。
ああ。煩い。
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