4.阿蘇海 ルミ


不服だった。


「なんだその顔は、反省しているのか!」

「反省なんてしてねぇよ」

「な、なんだとぉ!?」


目の前にある鼻の穴を広げたセンコーの顔も、クソな家族も、つまんないとりまきどもも、ずっと続く15日も、全部むかついた。

だからあたしは叫んだ。叫ばなきゃやってられない。あたしはバカだ。こうやってまっさらにしないと頭が、グラグラ、むずむずして、パンクしてしまう。だがそんなあたしの気持ちは他人には容易に理解されない。


今だってそうだ。


目の前にいる忌々しい禿げ散らかった頭の男をにらみつける。

反省しています。そう言うまで、こいつらは職員室からあたしを出してくれない。こいつらは自分の常識からはずれた行動をとる人間が嫌いだ。だからむりやり自分の常識の枠にあたしのような社会府適合者を押し込めようとする。権力を使ってそれを強制させてくるのだ。むかつく。


「で?お前はなんでグラウンドで叫んだんだっ」


いい加減答えろ、こっちも暇じゃないんだ。そう言いながら、センコーは貧乏ゆすりをする。

その姿に、センコーとは似ても似つかないあいつの姿が重なって見えた。


「……ちっ」


だから貧乏ゆすりをするやつは嫌いだ。大っ嫌いだ。

体の奥がざわついてこの場から早く去りたくなって、あたしは今日何回目ともしれない説明をするために口を開く。


「だぁかぁらぁ、さっきから言ってんだろ。15日が今日で5回目なんだよ。イライラの限界だったから暴れた。それだけだ!」

「はあ?お前は、さっきからほんとうに、なにバカなことを言ってんだ?15日が5回とか…はぁ。いいから真面目に答えろ!」


額の血管を浮き上がらせ、顔をゆでタコみたいに真っ赤にさせてセンコーは叫ぶ。

ほら。真面目に答えても、こうやって信じてくれない。こいつらは自分たちのシナリオにあった言葉じゃないと、信じない。


「お前という人間は、ほんとうに…っ。この分じゃあ親を呼ぶことになるぞ?」

「あいつらは関係ねぇだろ!」

「なら真面目なに応えるんだな」


センコーの勝ち誇ったかのような顔にいらついた。

行き場のない感情を近くにあったパイプ椅子にぶつければセンコーは肩を震わせる。たった一つ弱みがあるせいで、このクズに逆らえないのだ。ほんと最悪。


センコーの後ろにある廊下を見た。こんな雑音にまみれな場所ではなく、あの静かな廊下に行きたい。

でも。と、ため息をつく。昔だったら逃げ出せすことができた。だが今は無理なのだ。


過去、あたしが説教中に何回も逃げたことから、説教をするセンコーの他に、二人職員室の出入口を守る先生が現れ始めた。それでも去年までは、逃げれた。なんせよぼよぼのじいさんしかいない学校だったから。でも今年になって若い先生が一気に三人も来やがった。さすがに大の男二人に阻まれては、あたしも逃げることはできない。


トタタタ


雑音の中で、廊下を走る音が聞こえた。怪訝に顔をゆがめれば、音の正体はすぐに視界に入ってきた。

あたしの今求めているパラダイスを走る、金髪のイケてる男と、おどおどした女。仲良く手を繋いで放送室へと入って行く。

ふと疑問に思う。今は朝のホームルーム中じゃなかったか、と。

 

「……あ」


なんだか嫌な気持ち。女は地味だが目に留まる容姿をしていた。そして男は見るからに不良。そこから導かれる答えなんて一つしかないだろう。

……押しに弱そうな女だったし。


「おい、説教中にため息をつくなと何回言ったら……」


あたしが怒られている最中に誰かが楽しい思いをする。さっきよりも最悪な気分だ。あたしはお前らのために暴れたわけじゃないんだからな。そう言ってやりたい。


「あー。ムカツク」

「ムカツクとはなんだ!」

「お前の話じゃねーよ」

「お、おまっ!お前とはなんだ!」


いい加減、こいつの禿げ散らかった頭を見るのも飽きた。放送室に人が入っていったことをチクってその隙に逃げるか。

もはやゆでだこにしか見えないセンコーの方へ身を乗り出す。

 

「おいハゲセン。さっき放送室に……」


言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。飲み込みたくて、飲み込んだのではない。驚いて、飲み込まざるを得なかったのだ。


砂嵐の音だった。


職員室中に、いや、もしかしたら校舎全体に流れているかもしれない。

それは突如スピーカーから流れ始めた。センコーたちも予期せぬ出来事だったようだ。辺り一面は慌てた顔しかない。

職員室中の視線がスピーカーに向けられる。もちろんあたしの視線も。


ノイズが終わった。

 

『…あーあ…あー、おい。これ声聞こえてんだろうなぁ?』

『し、知りませんよっ』


男と女の声だ。

気が付けばセンコーたちが、急いで放送室に向かっていた。


「おい!放送室が開かないぞ!」

「内側から鍵をかけられている!誰か、鍵を持ってこい!」

「は、はい!」


そこでさきほど放送室に入って行った男女のことを思い出す。

さっきの男と女は、このために放送室に忍び込んだのか?でも…なんのために?


「こらっ!お前たち、開けなさい!」

『ひょえ~。たっ、高宮君、先生たちがぁ』

『おい、俺は高宮じゃねぇ、陸だ!陸って呼べ!』

『えぇぇ。む、無理です!』

『なんだと、助けてやんねーぞ!』

『そんなぁぁ』


なんだこの茶番は。思わず顔がひきつる。

こいつら、まさかラブコメをするために、放送室に入ったわけじゃないだろうな?

怪訝に思っていると教師たちがようやく放送室の鍵を持ってきたらしい。数名の教師が放送室の前に集まっていた。


「カギ持ってきました!」

「よくやった!」

「おいお前たち!開けるぞ!」


声が聞こえたからだろう。スピーカーから慌てたような音がする。


『り、りりり陸君!呼びましたっ。だから助けてください!』

『おし!じゃあそのまま扉抑えてろ!』

『はぁぁぁ!?』


ここまできては、さすがに女に同情する。放送室の中は全く楽しくなさそうだ。

そうしているうちに教師どもは鍵を開け放送室に乗り込んでいた。

 

「よし、開いた」

『こらぁ、お前たち!』

『ひやぁぁ。ごめんなさい~』

『ったく、つかえねーな。15日は今日で5日目だ!この意味がわかるやつ、放課後、視聴覚室に来い!』


「……え」


それはまったく、予想もしていなかった言葉だった。

職員室にいる教師全員の視線が放送室に向けられる中、あたし一人だけが、スピーカーを見ていた。


『なにをわけのわからないことを…』

『いいから、来いよ!ぜった……』


そこでプツッと音は消えた。その直後に勢いよく放送室のドアが開き、真っ青な顔の女と、得意げな顔の男が出てくる。もちろん先生に腕をつかまれながら。


「ったく、今日は次から次へとなんなんだ?」


頭を輝かせながらセンコーがつぶやくが、それはこちらの台詞だ。


「もうお前は教室戻れ。今日だけ特別だからな。おとなしくしてろよ」

「……うっす」


放課後、視聴覚室。それまでは、好き勝手にはできない。やっとこの地獄から解放されるかもしれないのに、暴れて親が来るまで職員室に缶詰なんてことをされたら、たまったもんじゃない。


職員室を出るとき、あたしはあの二人とすれ違った。

女が不安げな顔であたしを見ていた。なんだか…イラついた。

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