3.滝川 有海②
驚いているのは私だけではなかった。突如現れた見知らぬ金髪ヤンキーに、教室中がざわめく。
「誰あれ?」
「不良?あんな人いたっけ?」
「ちょっとかっこいいかも」
「えー、お前ああいうのが好みなわけ?」
様々な声が交差する教室の中で彼は何もせず、ただ、私をじっと見つめていた。
どうして彼は私を見るのか。一目ぼれ!みたいな、甘い展開にはならないことは、これがループ現象の中ではじめての展開であっても知っている。私は自分の魅力というものを十分に理解していた。
そうと決まれば残った可能性はただ一つ。
彼は私が15日をループしていることを知っているから、私のことを見ているのではないだろうか。
目の前の彼もこのループ現象を知っている。これはあり得ない話ではないだろう。というかこのような理由がなければ、誰もこんな地味な女を見つめるわけがない。きのうとは違う15日。それを示すために私の筆箱を拾い、現在私を見つめているのだ。
金髪の彼はじっと私を見つめていた。が、ついに口を開いた。
「おい、お前名前はなんだ」
「た、滝川有海…です」
心地の良い低い声。
第一声はそれでいいのか。そんな疑問を抱きながらも反射的に答えていた。
私の名を聞いた彼は瞠目し、ぐっとなにかをこらえるようにうなずいた。
「…やっぱり。お前がウミか」
「……は?」
彼の瞳が少し寂しそうに揺れたのが気になった。が、気になったのはほんとうに少し。それよりも自分の名前を間違えられていることのほうが、私は気になってしまった。
「あの、ウミじゃないです。アミです」
訂正すれば彼は眉を顰める。怖い顔がさらに怖くなった。
「は?声小さくてよく聞こえなかったんだけど」
「わ、私の名前はアミなんですっ」
「あ?」
家族以外で言葉を交わすなんて久しぶりだ。自分の頬に熱が集まるのを感じる。はずかしい。そして、ああ。我ながらなんて消えそうな、聞きづらい小さな声なのだろう。目の前のヤンキーさんに申し訳がない。
彼は眉をひそめてこちらを見たままだ。今の声でも聞こえなかったのだろうか。
「あの……」
「大丈夫だ。ちゃんとお前の声、聞こえた」
その言葉を聞き胸をほっとなでおろす。
威圧的な態度は変わらないがちゃんと伝わったようだ。
「お前、自分の名前忘れたんだな。アミだなんて、わけのわかんねーこと言いやがって。お前は、ウミだ」
否、伝わっていなかったようだ。
私は首を横に振る。
「あ?なんだよ。首ふり人形のまねか?」
ちがう!
確かに有海という字はウミとも読めるし、発音が似ているせいかウミとも聞こえる。だがしかし、私はアミなのだ。
というか、そもそも彼は何者なのだろう。もうそろそろ、自分の名を名乗ってもらいたい。それとも名乗れない理由でもあるのか?
得体のしれなさとあまりの話の通じなさに、無意識のうちに一歩後ずさっていた。そのときだ。
激しい音をたて教室のドアが開かれた。
教室に入って来たのは、激しく息を切らした担任であった。
「高宮!お前、なんで教室にいるんだよ!先生、探したんだからな!」
「すいまっせーん」
担任の視線の先にあるのは金髪の彼。
私の目の前の人物は言い方から態度まで、まったく申し訳なさが見られない。
「あ?なんだ、文句あるのか?」
「……ないです」
そして怖い。
「先生、彼はなんなんですか?」
さわがしい中で、委員長の中島君が立ち上がった。話したことは一度もないが、クラスメイトの気持ちを代弁してくれる、すばらしい人だ。……すばらしい人に違いない。…話したことがないから断言はできないのだ。
「あれ?お前、こいつらに言ってないのか?」
担任が拍子抜けた顔を向けた相手は、ヤンキーさん。
一方で今全員の視線を浴びている彼はめんどうくさげに舌打ちをする。
「別にどうせ先生からも紹介されるんだから、言わなくてもいいかなと思いましてぇ」
頭を抱えたのは当然、担任だ。
「だからこんなに騒がしかったのかよぉ。まったく、もー。みんな!こいつは転校生の高宮陸だ。見た目は不良みたいだけどこの金髪は地毛だし、心は優しいやつだから仲良くするように!」
その言葉にクラス中がざわついた。好奇、怪訝、不安、いろんな顔がクラス全体に散らばる。……私は、驚愕だ。
彼が転校してきたことに驚いたわけではない。私が驚いていたのは、確実にきのうとは違う15日が始まったから――
「アァァァアァアァアッ!ふっざけんなあぁぁあぁぁ!!!!」
それは突然の叫び声だった。
「な、なに!?」
こんな叫び声、きのうはなかった。次から次へと変わっていく15日に脳がついていかない。
「おい!グラウンドに誰かいるぞ!」
「そいつが叫んでんの!?」
「えぇ!なになに~!」
クラスメイトの誰かが言ったのを皮切りに教室がざわめきはじめる。
二組は他のクラスよりもグラウンドに近い場所に位置していた。さらに三年生である私たちの教室があるのは二階。グラウンドから最も距離が近いため、叫び声が他のクラスよりも、ずっとよく聞こえる。
「だぁぁっ、次から次へとなんなんだ!?先生は職員室に行ってくるから、みんなおとなしく座って待ってろよ!」
そう言って担任は教室を出て行ったが、言いつけをやぶったとしても咎める者がいない今、この場にいない教師の言うことを黙って聞く生徒がいるわけがない。
先生がいなくなるや否や、クラスメイト達は猛スピードで窓へとかけよる。その波に巻き込まれ、私も窓の方へと体が連れていかれてしまった。不可抗力だ。
そうして私はあっという間に窓に押し付けられてしまう。痛い。
「おいおい、あいつって確か四組の阿蘇海ルミだよな」
「あの暴れん坊のヤンキー女か!」
「うわぁ。ついに頭がおかしくなったんだな」
阿蘇海ルミ。聞いたことがある。気に食わなければ、誰が何を言おうが従うことも屈することもせず、力で叩きのめす暴力女王。感情のままに生きる女。
窓に押し付けられながら、視界に入ったグラウンドは真っ白だった。そんな真っ白な校庭に一つ、明るい茶色の頭が見えた。
一面が白の世界の中で目立つ茶色は、足首まである長いスカートに白い粉をつけ、気の強そうな顔にも白い粉をつけ、だけれどもそんなこと微塵も気にする様子を見せず、ただ自身の欲望のままにライン引きを振り回していた。そう。彼女こそが阿蘇海ルミであった。
彼女はなおも叫んだ。
「毎回、毎回、15日!やってられっかぁぁあぁ」
「えっ?」
予想もしていなかった言葉に思わず声がもれた。そのことに気付いた私は急いで口を閉じる。
普段はしゃべらない女が突然、え?などと言ったら不気味だろう。この人急になんなの?周囲の注目でも集めたいの?とか思われたくない。
だが心配は無用だった。私の言葉は周囲のざわめきに消されたようで、そもそもみんな興奮状態にあり、何も聞こえていない。誰かもわからない声が重なり合い、ざわざわとした雑音が辺りをさまよっている。
しかし、彼の言葉は、少なくとも私には聞こえた。
「おもしれぇ」
背後で聞こえた声。振り替えれば、すぐ後ろに彼はいた。というか現在進行形で私を押しつぶしていたのは彼であった。
高宮陸は笑っていた。いたずらっ子のような、私の苦手な顔。でも、どこか見覚えがあるような、そんな顔。
そして彼は思いがけない行動をとる。
「ウミ、来い!」
「え。ちょっ」
私の腕をとり彼は教室を出たのだ。手を引っ張られている私も当然、教室を出ることになる。
ど、どうしてこうなった!?
あっけにとられるクラスメイト達を背に、高宮陸は走り出した。
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