2.海原 苺
となりの教室が騒がしい。私は読んでいた本を机においた。
「苺、二組なんだかうるさくない?」
「ざわついてるよね」
「先生ってば、こんなときに限っていないしぃ」
15日が繰り返されて今日で5日目。いつもとは違う友人の言葉に私は一瞬、思考が停止する。
「珍しいね…いつもは静かなクラスなのに」
とりあえず当たり障りのない言葉を選択し言葉にした。すると友人たちは怯えたように肩を寄せ合う。彼女たちがとりそうな行動ではあるが、やはり違う。昨日までの15日と違う。
「うち、なんか怖いよぉ」
「苺、隣のクラス見に行ってくれない?」
だけれどもすぐに気がついた。
たしかに言葉や行動、状況こそは昨日とはまるきり違う。
だが変わらなかった。
根本的な部分は結局変わらない。
顔、顔、顔、顔……顔。
他人を頼るしか能のない顔が、あたり一面に張り付いている。目の前にいる友人だけではない。クラスメイト皆が遠目に私を見ていた。
忘れた宿題も、ケンカも、用事があっていけない委員会も、騒がしい二組も、生徒会長である私がすべてなんとかしてくれる。皆、そう思っているのだ。胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。ああ、大嫌いだ。
でも、もっと嫌いなのは、みんなの期待にあらがえない自分。
運命は変わらない。
それは私が変えるための行動を起こせないから。
繰り返される15日。はじめの方は不気味だと思ったけれど、次の日になればリセットされる。そう考えはじめれば、意外といいものだと思った。
失敗をしても次の日にはリセットされる。それなら、周りのみんなに自分の気持ちを言う練習ができる。失敗しても何度でもやり直せる。そう思ったのだ。
だが無理だった。
この5日間、この練習が成功したことは一度もない。
「私に頼らないで、自分でできないの?」
この一言が言えればいいのに、いつも寸前で出ないのだ。言葉を出すために口は開いているのに、のどに異物がつまったように苦しくなる。どうしても言葉は出ない。どうせまた同じ明日なのだから、失敗してもいいのに。言葉が出ない。
そうして時間が過ぎ、また同じ日の繰り返しだ。
「ねえ苺!」
「うわぁっ」
突然目の前に現れた友人の顔に、肩が飛び上がる。そんな私を見て友人はむっと頬を膨らませた。不細工なリスにしか見えない。
「その様子じゃ全然、聞いてないみたいね。も~、しっかりしてよ」
「ご、ごめん~」
誰のせいで上の空になっていたと思う。憤りを感じるが、言葉にはしない。湧き上がる感情はいつものように胸にしまいこみ、私はいつもと同じ笑みを浮かべる。皆に期待される海原苺の顔だ。
「それでなんの話だったの?」
「二組の話。なんでさわがしいか理由がわかったの!」
そういえばそんな話をしていた。
さも驚いた風を装い、友人に向かって前のめりになる。
「え。そうなの?お願い!もう一回教えてくれない?」
友人は満足そうに顔に気色を浮かべた。単純な人間ほど扱いやすい物はない。
友人は私の耳元に顔を寄せ囁いた。
「あのね!二組、転校生が来るんだって!」
「転校生!?」
「ちょ、耳元で大きな声出さないでよぉっ」
「ていうかそんなに驚く?」
これは演技ではなかった。驚きのあまりに立ち上がった私に、クラスみんなの視線が集まる。
「ちょっと苺ってば、目がまんまるだよ~」
「苺がこんなに驚くなんてめっずらしー」
クラスメイト達皆は笑うが、とてもじゃないが私は笑えない。いつも張り付けていた笑みが、今このときばかりは剥がれ落ちる。
これまでに5回やってきた15日に全てに、転校生は来なかった。
だがしかし、友人の情報が正しければ、転校生が来た。
やはり気のせいではなかった。きのうまでの繰り返されていた15日と今日はちがう。
ゴクリと生唾を飲み込む。
15日が変わり始めている?
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