プロローグ

1.滝川 有海


7月15日。


リリリリリリリ


7時にセットした目覚まし時計がいつもと同じ朝を告げる。


「……うるさい」


目覚まし時計のボタンを押すことでようやくそれはけたたましい音を止める。

寝返りを打ち、タオルケットを頭からかぶる。

けれど結局数秒後には楽園からはい出し起き上った。


ほんとうはこのまま2度寝していたい。叶うならばずっと眠り続けていたい。だけれどもそれはゆるされないのだ。私的に許せないのだ。


5分後に弟が私を起こしに来る。ただ起こしに来るのならいいのだが、その起こし方というのが乱暴にドアを叩くというもの。目覚めとしては最悪である。今日くらいは、5分以内に準備を済ませ居間に降り、弟をあっと言わせてやりたい。


しかしそんな野望は今日も叶わない。


きのうと同じように着替えようとした際に自分の足の上に目覚まし時計を落とし、悶絶している間に5分が過ぎ、弟にドアを叩かれる。

 

ドンドンドンッ

 

いつものことだがとてもうるさい。


「ケンちゃん、毎回うるさいよ」

 

制服に着替え居間に降り、リビングで朝からかつ丼をかきこんでいる弟にこう言えば、


「はあ?毎回うるさいって、今日だけだろ」

「はあ?毎回うるさいって、今日だけだろ」 

 

と言い返してくる。


「……は?」

 

弟のまぬけ顔を見るのは5回目だがあきない。ドヤ顔で彼を見れば、弟は不機嫌そうに私をらにむ。


「姉貴、なんでおれとはもってんの?それも一言一句、同じで。きもいよ?」

 

…いくら不気味でも、実の姉にキモイはないと思う。

しかしこう言われることを知っていたからだろうか、あまり悲しい気持ちにはならない。ついでに言えば、私のかつ丼はケンちゃんに食べられている最中なのだが、それについても悲しくはない。

ただ朝ごはんが毎日かつ丼であることには、いまだに悲しい気持ちになる。小食の私に朝からかつ丼は重たい。


「お母さん。かつ丼……」

「え?テーブルにないの?…って、ケンちゃん!あんた今、食べてるかつ丼のみっちゃんのでしょ~!」

「ご、ごっちそさま!行ってきまーす」

「こら!健介ぇ!」


あわただしく一日の朝が始まるということも、私は知っている。テーブルの上に残されたどんぶりの中に、何も残っていないことも私は知っている。


そう。私は知っているのだ。


学校についた時間は、きのうと同じの8時39分。登校時間が40分までだから、遅刻ギリギリ。そんな私に「ギリギリセーフだね!」と話しかけてくれる友達がいないのも、いつもと同じ。

この5分後に担任が朝のホームルームをしに教室へ入ってくるのも、いつもと同じ。担任が自身の妻が妊娠したことを愛しのクラスメイトたちに話し、朝からみんなの心をあたたかな気持ちにするのも、いつもと同じ。

黒板に日直が描いたであろう今日の日付の7月15日の15の部分が微妙に斜めっているのも、いつもと同じ。



7月15日。



私はこの日をずっとループしていた。


語弊があった。1、2年間ずっとループをしているわけではない。同じ日が続いて、今日で5日目。15日が5日目である。

日本語が変なのか、それとも私の日本語力が低いのか、わからなくなってきてしまう。


外を見ればきのうと同じく、雀が2羽飛んでいた。きのうと同じ場所を同じ速さで飛んでいる。5日目にもなれば怖がる気持ちもうせて、あきあきとしてくるものだ。


このループ現象――私はループ現象と呼んでいる――に、巻き込まれているのは、おそらく私一人だけ。


どうしてそんなことがわかるのか?そんなの考えるまでもない。

同じ日が繰り返されれば、人々は混乱するし、当然ニュースにもなるだろう。だがそんなこと、この5日間の中でただの一度も起こったことがなかったのだ。


みんな今日が繰り返されていることに気づかずに、同じ授業、同じ話題、同じ失敗…15日を楽しそうに過ごす。そうして、15日が終わって、また15日が始まる。


原因はわからない。ただ、15日は繰り返されるのだ。

ふいに強い風が吹き、窓が大きく揺れた。


「きゃあっ」

「すごい風っ。なに~、もうすぐ学校祭なのに台風?」


ついで先ほどより大きな風が吹き、また窓が揺れる。


「もぅなんなの!」

「台風来て早退になんねーかなー」


わかっていたことだから私は驚かないが、クラスメイト達は当然のようにさわぐ。さわいで興奮して私の席に人がぶつかり、筆箱が落ちてしまう。

でも、誰も拾ってくれない。謝りもしてくれない。

 

繰り返されるのは運命もまた同じ。

 

弟に大きな音でドアを叩かれるのも、筆箱を誰も拾ってくれないのも、どんなにあらがっても変わらない。私に友達ができないのも、変わらない運命なのだ。

ため息を飲み込み筆箱に手を伸ばしたところで、誰かの手が横からのびたことに気付く。その手はまっすぐに私の筆箱に向かってのばされ、そして拾った。


「え?」


きのうとは違う。

顔を上げた私の瞳にうつったのは、制服を着崩した金色の髪の男子生徒。見たことのないその生徒は不快そうに顔をゆがませる。

そんな彼の視線の先にいたのは、ありえないことに私であった。

 

「おい、筆箱拾ってやったんだから礼くらい言えよ。幽霊でも見たような顔しやがって」

「ど…して?」


7月15日。5日目。初めて運命が覆された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る