第41話 追走

 岸川は気絶している男を抱えて、山崎の車が現れるのを今か今かと待っていた。ヘッドライトを消していたため、間近になるまで岸川は気がつかなかった。

「早く乗ってください」山崎の声は心なしか震えて聞こえた。

「男を乗せるを手伝え」山崎は後方をしきりに警戒していた。二人はカローラバンの荷台に男を運ぶと口にガムテープを貼り、手足を結束バンドで縛った。さらに外から分からないように毛布をかけた。

「もう一人の男が異変に気がついたようです。急いでこの場所を離れましょう」

 山崎の懸念が現実になるまでの時間は短かった。岸川は黒のベンツのヘッドライトに気がついた。

「ベンツが追走して来ています」「なぜもっと速い車をレンタルしなかったんだ」「なぜって。全部自腹だからですよ」「この車ではすぐに追いつかれるぞ」

 ベンツの男はカローラバンに追突しそうなぐらいに接近するといきなり発泡を始めた。カローラバンのバックドアガラスが砕け散った。

「大丈夫か」岸川は山崎の顔を見た。血の気が無い顔は恐怖に歪んでいた。岸川の右耳の至近距離を通過した銃弾が今度はフロントガラスを粉々にした。

「的にならないように走れ」岸川は気絶している男から奪った拳銃で反撃を開始した。運転手を狙った最初の一弾はベンツの左のヘッドライトを直撃した。山崎はハンドルを右に左にきっていたため、岸川の照準も正確さを欠いていた。

 岸川が連射した銃弾がフェンダーと右のタイヤに命中した。ベンツから同時に発射された銃弾がバックドアを貫通する鈍い音がした。ベンツはに安定を失って、コンクリート製の電柱に激突した。その衝撃は凄まじく、コンクリート製の電柱は中ほどで折れた。断線して垂れ下がった電線から出た火花で燃料タンクから漏れ出たガソリンが引火した。爆音とともにベンツは一瞬で炎に包まれた。

「振り返るな」岸川は動揺する山崎を運転に集中させるために言った。前後のガラスが全壊している車は怪しすぎた。岸川は海沿いの倉庫が建ち並ぶ場所で車を止めさせた。ベンツの男が放った銃弾はバックドアを貫通した後、拘束した荷台の男に不幸に命中していたことは、毛布が赤く染まっていることで分かった。

 岸川は毛布を剥ぎ取ると、男の腹部から血が溢れているのを確認した。場所から肝臓だと分かった。この男は助からない。岸川はガムテープを剥がすと最後の望みをかけて男に問うた。

「一連の殺人の首謀者は畠山美佐子なのか」男は笑ったように見えた。

「何も分かっていないな。畠山美佐子は駒の一つに過ぎない」男の口から鮮血が溢れ出た。銃弾は肺にも損傷を与えていた。

「いったい黒幕は誰なんだ」男は岸川の問いかけの前にこときれていた。岸川は手足の結束バンドを切ると男のスーツから持ち物をすべて取り出した。

「山崎、時間稼ぎだ。車を処分しよう」岸川と山崎はカローラバンを海底に沈めた。「岸川さん、これで俺たちは本物の犯罪者ですよ」

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