第17話 苦悩

 岸川刑事は、捜査資料を精査してその要点をノートにまとめていた。改めて事件を時系列に並べ直していた。事件ごとに疑問があれば右側の余白に赤字で追記することにしていた。強盗グループに関わる人間は行方不明になるか殺害されている。そして、強盗グループZの全員が殺害された。

 他の強盗グループが殺害した可能性は?身元が芋づる式に露見することを恐れての犯行か?強盗グループは完全に独立していた。可能性は限りなくゼロだった。犯人の目的は一体何なのか?金銭が目的とは思えなかった。

 金銭以外の目的とは何か?犯人がどうしても隠しておきたい秘密があったのでは?岸川刑事は可能性が大と書いたが、その秘密を解き明かすには情報が足りなかった。殺害された人間を詳しく知る必要があった。

 岸川刑事は、強盗グループZの被害者の調書の見直しから始めることにした。このグループの犯行は杉並区、世田谷区、練馬区が主な犯行現場になっていた。各グループには暗黙の了解があるようだった。直近3年間だけでも3区合わせて、83件もの事件が発生していた。事件の数は3区ともほぼ同じだった。時系列に並べてみると、同一月では各区2件以上の犯行は起きていなかった。

 唯一の例外があった。それが先日の押し込み強殺事件だった。それまでの事件では被害者が殺されたことはなかった。そして、この事件のわずか3日前に同じ世田谷区で同じグループの犯行と思われる事件が起きていた。

 岸川刑事は、この二つの事件の調書をもう一度詳細に読み直した。何度か読み直した後に二つの事件の相違点が徐々に浮かび上がってきた。犯行グループは現金の他に貴金属も盗んでいた。盗難品のリストには金のブレスレットやダイヤの指輪など多数が記載されていた。

 後の事件では、現金といくつかの貴金属が盗難品リストに載っていたが、高価な貴金属が手付かずのまま残されていた。不思議なのは見過ごされた貴金属が簡単に見つかる場所にあったということだった。

 さらに不思議だったのは、犯行時間だった。最初の事件では、犯行時間は30分以内だったが、後の事件では1時間以上犯行現場に留まっていた。この違いは一体何なのか。犯行グループの目的は強盗以外にあったのではないかと岸田は思い始めていた。事件の詳細を確かめるために解剖所見を時間をかけて見直した。

 3度目の見直しの際に死体の写真に残された微少な傷に釘付けになった。血液検査では毒物などの物質が検出されなかったために、見逃されたに違いなかった。それは左足の親指と人指し指の間にあった。デジタル写真を拡大して、それが初めて人為的な傷だと分かった。注射針による傷のように見えた。

 人体から異物が発見できなかったのなら、何のための注射針の跡なのだろうと岸川は思った。その時、スマホが突然鳴り始めた。画面に現れたのはたった1行の短いメッセージだった。「この事件からすぐに手を引け。命を大事にしろ」

 岸川刑事は思わず刑事部屋を見回した。木下刑事は新人の女性刑事と話をしていた。このメッセージが犯人のものだとしたら、どうやって自分の携帯電話の番号を知ったのだろうと考えた。岸川は不気味な闇が迫っているのを感じた。

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