第11話 写真の男

 岸川刑事と木下刑事は印刷した写真を持って、犯行現場周辺の聞き込み調査を行った。半径300メートル以内に店舗は13店だった。その内4店はコンビニだった。最初の2店は収穫なしだった。3店目の店員は、写真をしばらく見た後で首を振った。最後の店は店長が対応した。オーナー店長は疲れた顔で言った。「この男はこの辺の人間じゃないですね。私は毎日、店に出ているけれど一度も見たことがないです」聞き込みですぐに手がかりが得られることは奇跡に近い。刑事の仕事は猟犬のように獲物を必死に追いかけるのと似ていた。

「犯人グループは相当用心深い。犯行現場近くのコンビニに立ち寄る可能性は低いな」「犯行実行前に打ち合わせをしているはず。どこかに必ずアジトがあるはずだ」「木下、この男の入れ墨だが、何か特徴があるんじゃないか」

「もう少し、写真が鮮明だといいんですが。入れ墨に詳しい奴がいるんです。そいつに見てもらいましょうか」岸川は木下の意外なネットワークの広さに驚いた。

「すぐに連絡してくれ」木下は電話で連絡を取り、その日の午後7時に新宿で会うことになった。待ち合わせ場所は三越裏にある時代に取り残されたような古びた喫茶店だった。

 岸川の前に座った男は、約束の時間に大幅に遅れたことに少しも悪びた様子を見せなかった。細身で派手なシャツからのぞいた胸元には入れ墨が見えた。薬をやっているのか視線に落ち着きがなかった。

「久しぶりだな。山本、何か食べるか」山本と呼ばれた男は首を横に振った。

「食欲がないんですよ。俺はコーヒーでいいです」木下は、コーヒーを3つ注文した。岸川は、写真をテーブルの上に置いた。

「この写真の入れ墨を見たことがあるか」山本は写真を取り上げると目の前に近づけて、じっと見ていた。

「この入れ墨は半端彫りですね」「半端彫りって何のことだ」「手彫りは機械彫りと比較すると痛みが強いです。激痛で失神する奴もいます。この男は痛みに耐えきれなかったか、金が無くなり中途でやめたかのどちらかです。絵柄も独特なものです」「この入れ墨を彫った彫り師を突き止められないか」

「下手をすると俺は殺されます。それだけのことをする見返りがあるんですか」

「彫り師の名前を教えてくれたら、悪いようにはしない」木下は背広の内ポケットから茶色の封筒を取り出すとテーブルの上に置いた。それは、情報提供料だった。山本は逡巡した後に、封筒をポケットに突っ込んだ。

「明日まで待ってくれ」「同じ場所、同じ時間でどうだ」山本は無言で了解の仕草をした。岸川は立ち去る山本の後ろ姿をじっと見ていた。

「あの男、信頼できるのか」「頼りなく見えるが、情報については信頼できる」

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