第10話 不吉な予感

 岸川悟は世田谷区内で続発する押込み強殺事件に忙殺されていた。高齢者を狙う事件は警察の取締り強化で振込み詐欺から高齢者の現金を狙う凶悪事件に変貌していた。その手口は電話で言葉巧みに資産の有無を聞き出した後に押込み強奪するという荒ぽいものだった。

 岸川刑事が担当する事件は金品を奪うだけではなく、鼻と口をガムテープで塞いで窒息死させるという極悪非道なものだった。犯行の手口から押込み強盗は複数のグループがいることが分かっていた。警察はグループを判別するためにアルファベットを付けていた。一番凶悪なグループはZに付番されていた。

 岸川刑事はZグループを担当していた。相棒の刑事は木下刑事だった。岸川刑事より2歳年下だが正義感の強い男だった。木下は事件のあった場所に近い防犯カメラの映像を徹夜で調べていた。

「何か見つかったか」木下の目は充血していた。このところ徹夜続きで疲労の極に達していた。「ちょっと怪しい男が映っているのがあります。今、見ているのが最後になります」「お前、いつから寝ていない。俺が変わるから少し寝ろ」

「助かります」そう言うと木下刑事は立ち上がるとクッションがへたったソファに倒れこんだ。岸川が声をかける前に木下は寝息を立て始めていた。岸川も木下と同じように疲れていたが、弱音は吐きたくなかった。

 現場は閑静な住宅街にあり、犯行の行われた時間は深夜の午前2時過ぎだった。最後の映像はコインパーキングに設置された防犯カメラのものだった。防犯カメラの映像はお世辞にも鮮明とは言えなかった。犯行時間から1時間前からの映像を見ていて、その時間に駐車した車は3台だけだと分かった。

 その中の1台がグレーのワンボックスカーだった。運転手を残して、黒い上下に帽子を被った男の3人組が車外に現れた。全員マスクをしている。帽子とマスクの間から覗いた目は辺りを警戒する様子がありありだった。

 3人組の男たちが車に戻って来たのは、43分後のことだった。その間、運転手は車から一歩も出なかった。ただ、エンジンを止め車内が暑くなったことで、開けた窓から右腕が見えていた。運転手は3人組とは違って、長袖シャツを肘までたくし上げていた。露わになった腕に入れ墨がかすかに見えた。

 ワンブックスカーの男たちがZグループのメンバーと考えて間違いなかった。初めて映像に捕らえられた犯人だった。岸川は、ナンバープレートをメモした。この車が盗難車であることは分かっていたが、何かの手がかりになるかもしれない。最後の映像が終わると木下が怪しい男が映っているというビデオを再生してみた。この映像は犯行に使われたコインパーキングからほど近い駐車場の防犯カメラのもので、犯行のあった2日前のものだった。木下のメモに書かれた時間まで早送りした。男は野球帽を被り、マスクをしていた。辺りを警戒する様子はなく、男の関心は車の出入りの方だった。岸川は犯行時間に駐車スペースが確保できるかを調べているのだと思った。

 その時、男の右腕に目が釘付けになった。運転手の腕にあった入れ墨と同じものがその男にもあったからだった。額の汗を拭うために顔を上げた時の切れ長の一重瞼の目が特徴的だった。左目の横にホクロがあった。当たりだ。この男は犯行グループの一員に間違いなかった。頼りない手がかりには違いないが、写真を手に入れたことは前進だった。岸川は男の全身と拡大した顔をプリンターから印刷した。

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