第5話 上からの圧力
岸川と田畑が署に戻るとすぐに杉田課長に呼ばれた。二人はまるで容疑者のように尋問室で課長と向かい合った。
「なぜ尋問室で話をするんです」「大部屋でみんなのいる前で叱責されたくないだろう。親心というやつだ」岸川は課長の口から最も似合わない言葉が出たことで苦笑いした。
「捜査は進んでいるのか。報告は逐次するように言っていたのを忘れたのか」
「まだ報告するような段階ではないと思っていました」
「それを判断するのは私だ。とにかく今分かっていることを話せ」
「私たちは最初に権藤祐三のことを調べました。ご存知のように不動産王として有名な権藤宗佑の長男です。アクの強い親父と比べると二代目は典型的はボンボンという評判です。慶應義塾大学の経済学部を卒業後、系列会社で五年ほど修行した後に親会社の部長、取締役を七年ほど勤めて、三年ほど前に社長に就任しています。権藤の会社は上場していないので、会長の意向に逆らえる者は誰もいません」
「権藤会長は戦後相当怪しいことで稼いでいたという噂です。その資金を都心の不動産に集中投資して、今の莫大な財産を築いています。政治家との結びつきの強さから政商とも言われています。相当悪どいこともしてきたので、本人も言うように恨んでいる者も多いと思います」
「息子が自殺した線はあるのか」「親父と比べると線の細い男のようですが、自殺するような理由が見当たりません。開発中の案件について調べると何か出てくるかもしれませんが」「妻の方はどうなんだ」杉田課長の機嫌が悪くなっているのは貧乏ゆすりを始めたことで分かった。
「由紀子は聖心女学院を卒業しています。由紀子の実家は元華族の畠山家です。戦前は資産家として有名でしたが、戦後はGHQの占領政策で没落しています。成り上がりの権藤家に元華族の畠山家の令嬢が嫁いでくることになったのは、歴史の皮肉ですね」「それで由紀子の評判はどうなんだ」
「さすがに良家の令嬢ですね。由紀子のことを悪く言う人はいません」
「結局、君たち二人は時間をかけて、何が分かったんだ」課長の怒りは頂点に達したようだった。
「ですから、最初に言ったはずです。まだ報告するような段階ではないと。自殺か他殺かをはっきりさせるには、鑑定結果が必要です」
「岸川刑事、そんな態度では出世できないぞ」課長はそう言い捨てると尋問室から出て行った。大林署長には捜査は順調に進んでいるとでも言うのだろうか。
「岸川、いいのか。お前、完全に課長に嫌われているぞ。もう少しうまく立ち回れないのか」「世渡りが下手なのは生まれつきだ。俺たち、刑事は机の上ではなくて、現場を駆けずり回って仕事をしているんだ。さあ、さっさと現場に戻ろう」
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