第4話 権藤会長

 権藤は父親が起こした会社の2代目社長だった。父親の権藤宗佑は、戦後の焼け跡闇市から身を起こした苦労人だったが、そのカリスマ的な経営手腕で一代で巨額の財をなした立志伝中の人物だった。

 岸川と田畑の両刑事は新宿のビルの一室で会長を待っていた。応接室は広く、壁には横山大観の絵がかかっていた。

「この絵は、俺の一年分の給料ぐらいかな」「お前の給料そんなに高いのか。馬鹿だな。10年分でも買えないよ」重厚な扉が音もなく開くと妙齢な秘書に続いて、和服姿の白髪の老人が現れた。日焼けした顔には皺が刻まれていた。

 岸川と田畑は立ち上がると警察手帳を見せると事件について質問を始めた。権藤会長は目で合図すると秘書の女性は静かに立ち去った。

「事件のことはテレビで知った」「息子さんの祐三さんと最後に話したのはいつですか」「一昨日のことだ」「その時、息子さんに変わった様子はありませんでしたか」「自殺するような様子があったかと聞いているのか」

「自殺と決まったわけじゃありません。その時の印象を教えてください」権藤会長は遠くを見るように視線を漂わせた後でゆっくりと言った。

「いや。何も変わった様子は無かった。子供が生まれてくるのが心底嬉しそうだった。あの子が自殺することは絶対ないと断言できる」

「仕事で悩んでいるとかは無かったですか」「祐三が担当していたのは、この新宿の不動産開発だった。この窓から何が見える」日本経済の高度成長が始まっていた。焼跡闇市の時代から人々は将来に対する希望を見始めていた。

「由紀子さんはどうでしたか」田畑は権藤会長の高飛車の態度に苛つき始めていた。「よくできた嫁だったよ。うちとは違って良家の娘さんだから非の打ち所が無かった」「自殺ではないと断言しましたが、誰かから恨まれていたのですか」

 岸川の言葉に会長は一瞬、怒りの表情を浮かべたが、泡のようにすぐ消えた。

「私のような成り上がり者には敵が多い。息子に逆恨みする奴がいたとしても不思議ではないが、思い当たることはない。それを調べるのは君たちの仕事だろう。これ以上、話すことはない」そう言うと権藤会長は、岸川の質問を遮るように部屋を出て行ってしまった。

「権藤のことはもっと調べた方がいいな」「どっちの方だ」「会長の方だ」

「課長は自殺か他殺かさっさと白黒つけろと俺に言っていた」

「どうせキャリアの署長からの命令だろ。管理職はくそな奴ばかりだな。キャリアは現場のことを全然分かろうともしない」「署長の大林は現場を出世するための腰掛けとしか考えていない」

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