第8話 飛ぶ

「ホントはね…」


女の子が何と言おうとしていたか。


峯岸はそれを聞かずに海を見てる。


峯岸はそれを知らないなら、知らないままでいたい。


「痛くたって、苦しくたって、それで全部終わるならそれでいいと思ったんだ」


概ね話しが終わりかけた頃、峯岸は女の子の話に耳を傾けた。


「でもいざとなったら怖いもんでね…」


それはそうだろうし、だからこそ出来ることがあるんだろう。


「来てよかったあ」


「だな」


天気はいいし、海はキレイだ。


いろんな事から救われる。


「何かが欲しい時はさあ」


峯岸は女の子に言った。


「え?」


「それが欲しいって言った方がいいんだって」


「へぇ。それで?」


「きっと何にもいらなくなった時はさあ」


「うん」


「そんな所からは飛び出した方がいいんだよ」


「うん。うん」


峯岸が話した言葉は、恐らくは神様の受け売りだ。


でも峯岸は、そんな言葉をスラリと話した。


欲しい物があればそれが欲しいと手を伸ばせばいいし、欲しくなければ捨ててしまえばいい。


でもそれは、形あるものがあるがままである場合の話だ。形を失う事は良くない事だ。


だからこそ、飛び出す事がいい事のような気がした。


「結局あれだ」


「何?」


「わけわかんねえな」


女の子は笑う。


「ハハハ。だね!」


「どうする?」


「どうするって?」


「もっと遠くに行くか?」


峯岸が聞くと、女の子は首を振った。


「帰ってみる」


「そうか?」


「うん、今回はここまででいい」


「そうか」


「いつかまた…」


「また?」


「遠くへ行きたくなったら…」


「なったら?」


「迎えにきて」


「ああ。わかった」


峯岸はとりあえず頷く。


自分にそんな事が出来るかわからない。


でもそんな約束は、不思議としておきたい


それは、救いのようなものだし。道しるべみたいなものだ。


そうやって、峯岸は女の子と別れた。


峯岸は原チャリでひとりきり。


女の子を町まで送ると、そのまま家路についた。


結局、名前も連絡先も知らないまま女の子とは別れた。


あるのは約束だけ。


約束だったらいつか守らなければいけないが、峯岸はそれも不確かなまま家路につく。


よくわからないが、峯岸にとって約束なんて守るものではなくて、いつか勝手に果たされるもののような気がしていた。


その時がくれば時間とかが勝手に。


峯岸はひたすら走り、夜のうちに町に帰り着いた。


町を見下ろせる高台につくと、峯岸はタバコをふかした。


やっぱりタバコはクラクラするが、結局何にもならない。


遠くで救急車のサイレンが聞こえる。


誰かが病気でそれを助けに行くのだろう。


静かな町に響くサイレンは、この町の仕組みのひとつだ。


そんな仕組みを考えながら峯岸はタバコの火を消した。


「帰るか…」


峯岸はひとりつぶやく。


また生活の中にもどることにする。


ちょっとした旅が終わる。


「楽しかったなあ…」


遠くへ行く事の意味がわかった気がした。


そうやって日常に意味をもつことの意味がわかった気がした。


正しい事が何なのか?


それは未だにわからない。


でも、町には生活があるし、生活は町の仕組みの中にある。


その中にちゃんといる事の意味が少しわかった気がした。


その時だった。


ポケットの中の携帯電話が鳴った。


見てみると立川からだった。峯岸は通話のボタンを押した。


「おう、久しぶり」


「んあ」


立川は、心なしか落ち着かない様子だ。


「どうした」


峯岸は聞く。


「親父が」


「親父さん?が?」


「親父が飛んだ」


峯岸は言葉を失う。言ってる意味が解らない。


「どういうことだ?親父さんが飛んだ?」


「んあ」


「おい。どういうことだよ」


「飛んだんだよ」


「どこに?」


「ビルから」


峯岸の心がザワついた。救急車の音が耳の中でこだまする。


「大丈夫…なのか?」


「ダメだ…。いっばつだ」


吹っ切れたように立川が喋り出した。


「借金で…追い込みかけられて…どうしようもなくなって…卑怯だ…やり方が…」


峯岸は黙って聞く。


「峯岸…。アレ使わせて貰うぞ…」


それだけ言うと立川は一方的に通話を切った。


峯岸は、慌てて原チャリに飛び乗ると、アレの場所に向かった。


立川はとんでもない事をしようとしている。


峯岸が向かうのは、いつかの橋の下。


落書きをした、あの。


何もかもを振り切って、ひたすら走る。


たどり着いた橋のたもとは、暗闇の底だった。


峯岸は一足遅かった。


橋の落書き。”宝↓”


その矢印が指すそこには、大きな穴が穿たれていた。


峯岸は、呆然と立ち尽くす。


その耳には、銃声が聞こえていたか?

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