第6話 海へ
峯岸は海へ向かう。
夜の街道をひたすら走った。
この道を行けば海につく。
そんな気持ちは”ワクワク”とも言えた
夜の道は明るい。
照らされている分、その真っ直ぐさがわかる。
グイグイと進む一方ガコガコと縦にも揺れた。
ただ、そんな道を転がり続ける間も峯岸は音だけに身を委ねている。
耳に轟く風の音。
その音は脳みそも心臓も掻き交ぜる。
それに酔いつつ峯岸は海に向かった。
休む事なく走り続けると、辺りの景色が段々と変わり始めた。
意識しなくても感じる。違う町に来たこと。
そうやって目指し続けた遠くに、今少しずつ近づいている。
あの町を出たときから、見えている景色は全て初めて見る景色だがイマイチ見覚えがあるように思えた。
でもそれは、少しずつ色や形を変えて新しい景色を運ぶ。
そして…。
鼻腔が微かに潮のかおりを拾ったとき。
胸の中に期待が拡がった。
月の明かりと潮のかおりを頼りに、狭い路地をくねくねと曲がる。
そんな事を繰り返すだけで潮のかおりはどんどんと強くなった。
そして大きく視界がひらけた時。
そこには、真っ暗な海が拡がっていた。
峯岸は原チャリから降りる。
道端に原チャリを置いて、そこから砂浜を歩るいた。
シャクシャクと歯切れのいい音が首筋を駆ける。
それは砂を噛むような感覚にも似ていて、峯岸は口の中に滲んだ唾を吐いた。
そこには、信じられない位の量の水が蓄えられていた。
タプリタプリと波打ちながら暗闇に揺れている。
峯岸は、それが凄いとも思ったが、怖いとも思っていた。
そこに一歩足を踏み入れたなら…。
そのまま体ごと絡み取られて、暗闇の中に溶けてしまうような感覚。
「怖ええな…」
峯岸は呟く。
そして今のが独り言だと気付いた。
「そんなバカな」
峯岸は一人ニヤケる。
峯岸は海岸にひとりきり。
いつからか体は疲労感に包まれていた。
一晩中走り続けて辿り着いた海岸に、峯岸はドーンと寝転がった。
辺りの景色がだんだんボーっと滲み始める。
空は次第に白みはじめる。
「朝かな?」
まるで、光の粒が空から降ってくるようだった。
そうやって、夜は朝に塗り替えられようとしていた。
「気持ちいいなあ」
それは自分の体にも染み込むようで。
峯岸はそのまま目を閉じた。
深い深い眠りに落ちた。
「何してるの?」
峯岸は眩しそうに目を開ける。
「何で寝てるの?こんなとこで?」
「いや、別に」
あんまり、うまく理解できなかったが目の前には知らない人がいた。
「何?お前?」
「いや、アンタこそ何?」
峯岸は少しずつ頭を動かす。そしてようやく昨晩海まで来てそこで寝た事を思いだした。
「俺は、寝てた。疲れたから」
「こんなところで?」
峯岸はようやく目の前にいるのが髪の短い女の子だと気付いた。
峯岸は起き上がる。そして女の子の顔をよく見た。
一瞬子供かと思ったが、よく見るとあまりかわらない歳に思えた。
「何?」
女の子は聞いてきた。
「いや、別に。俺なんかしたか?」
「こんなところで寝てるから」
「邪魔か?」
「別に。死んでなきゃいい」
”死んでる?俺が?”
峯岸はニヤケる。
「死んでたらどうした?」
「どうするも、だとしたら困るから」
女の子は立ち上がる。
「何してるんだ」
「走ってるんだ」
確かに、女の子はTシャツに短パンでスポーツをする格好だ。
「まだ?」
「いや、今日は」
女の子は足に着いた砂をパンパンとはじくと手足をぶらぶらとさせた。
そしてそのまま、両腕を空に上げ体をグーンと伸ばした。
「何してるんだ?」
「ストレッチ。仕上げ」
女の子は、そうやって体をクネクネと曲げている。
峯岸は、それをぼんやり見てた。
「さて、帰るか」
ひととおりを終え、女の子は言った。
「アンタも訳わからないとこで寝てないで帰りなよ」
「そうだな。俺も行くか」
「行く?」
「ああ、まだ行かないと」
「どこへ?」
「遠くへ」
女の子は顔を紅潮させて峯岸をみた。
「アンタはどこか遠くへ行くの?」
「まあな。ホントは海を見に来ただけだけど。次は次の海に」
女の子は今度は目を潤ませた。そして言う。
「連れてってくれない?」
「連れてくって、お前を?」
「私を」
「どうして?」
「ダメ?」
「いや…。別にダメじゃ」
峯岸は正直困った。ひとりで目指した海。別にナンパ目的で来たわけじゃない。
でも、別にダメじゃない。
峯岸は、女の子を拾う事にした。
嫌いな感じじゃなかったから。
あと、いい匂いがしたから。
軽薄に心を揺らす。
簡単に出会って、簡単に行き摩る。
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