第4話 働いて稼ぐ

おじさんは、働いているのだという。


立川が見かけたらしい


「どこで?」


「ビル」


「ビル?」


「んあ」


おじさんが働く事は意外な気がした。


しかも、ビルを建てているのは、更に意外な気がした。


”おじさんは…”


「汚れてもいいのかな?」


「何が?」


「地球が」


「さあ?」


峯岸は、おじさんがビルを建てている事が、とても不思議に感じた。


おじさんは、よく正しい事の事を話す。


峯岸はその度に、いろいろ考える。


そして…。


そしていつも解らない。


おじさんは、ビルを建ててる。


ビルは、山をひとつ潰して立ち上がる。


山が潰れる。地面が隠れる。


それだけ見ればあまり良い気はしない。


でも、おじさんはそれをする。


正しいのか?正しくないのか?


峯岸は、何時までも気付かない。


自分が、答えを探していることを。


峯岸と立川は原チャリに二人乗り。


夕焼けの街を公園に向けて走る。


おじさんに会って直接聞いてみることにしたのだ。


働く事はどうですか?


ビルが建つのは良いことですか?


答えなんていらないと思ってみても、

疑問を疑問のまま抱える事が、峯岸には我慢できない。


「おじさんは…」


「んあ?」


「いるかな?」


「さあ?」


いたらどうなる?それはわからない。


「おう」


「ども」

「どもス」


おじさんは、公園で水浴びをしていた。


「働いてるらしいですね?」


峯岸は、早速聞いた。


「どうですか?」


「どうって?」


「働いて、どうですか?」


「どうですか?か」


「はい」


おじさんは、その後を応えない。


答えがそもそも、無いのかも知れない。


「別になあ…」


おじさんはようやく話し出す。


「疲れるなあ」



おじさんは、ウンウンと2回頷いて更に応える。


「働くと、疲れるぞ」


「疲れる?」

「れる?」


「ああ、疲れる」


「当たり前ですよね?」

「よね?」


峯岸が聞きたいのは、そういう事じゃない。


しかし、おじさんは続ける。


「当たり前だけど、疲れる」


「だから言ってるじゃないですか?」

「スか?」


「ああ、当たり前だから言ってる」


「え?」


「働くと疲れる」


「ああ、なるほど」

峯岸はようやく納得できた気がした。


「当たり前だが、働くと疲れる」


おじさんは、また言った。


「おまえらも知ってるだろ?」


「はい」

「んあ」


「でも、おまえらより俺の方がもっと知ってる」


「はい?」

「んあ?」


「働いて疲れてる分、俺の方がもっと知ってる」


「なるほど。なるほど」

峯岸は、更に納得する。


働いたら、疲れる。


それはとてもシンブルな事だけど、それをすることは、とても正しい事に思えた。


「俺は、とりあえず1週間働いた」


「はい」

「んあ」


「そして、4万円手に入れた」


「はい」

「んあ」


「別に金が欲しかったわけじゃない。だったらこんなとこ住んでない」


確かに。おじさんが住んでいる公園は、家賃がいらない。


「でも、働いて金を手に入れるのも、良いんじゃないかと思ってな」


おじさんは峯岸が感じた事を、概ねその通り話した。



「そして、その働いて手に入れた4万円がここにある」


おじさんは、ポケットからクシャクシャの封筒を取り出す。


「やるよ」


「え?」

「へ?」


「お前らにやる」


「そんな…」


「何か正しい事に使ってくれ」


「……」


峯岸は、黙って立ち尽くす。


立川は、峯岸を見てる。


やがて峯岸は声を出した。


「ムリです」



「ムリか?」


「ムリです」


おじさんは大声で笑い出した。


「ムリか?!」


「ムリです」


峯岸と立川は、以前おじさんから20万円もらった。


二人はそれを、アッという間に使った。


そんな二人が今、4万円を受け取れない。


何故か?


正しい事が解らないから。


あと、何となく重いから。


おじさんは、相変わらず大声で笑っている。


「ムリならしょうがないな」


「スイマセン」

「マセン」


「だっらラーメンでも食いに行くか?」


「はい」

「んあ」


峯岸と立川とおじさんは、ラーメン屋の店の中。


3人でラーメンを食べている。


おじさんは、ビールも飲んだ。


峯岸は、おじさんを見る。


めちゃくちゃ美味そうにラーメンを喰うおじさんは、ものすごく正しい事をしているように見えたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る