第3話 隣人と月の光

街を見下ろすことのできる高台。


峯岸と立川はタバコをふかす。


「しかしさあ」


「んあ」


「うまくもなんともないよねえ〜」


「まあね〜」


煙りを腹の中まで落とせば、それなりにクラクラする。


それでどうなる?


それだけだ…。


タバコなんて、いいこと何もないんだから、吸わない方が身の為だ、と峯岸は考えていた。



「街がかわるね?」


立川に促されて峯岸は街を見下ろす。


先日、山がひとつ無くなった。


その跡にビルがニョキニョキ背を伸ばす。


昼も夜もなく、チカチカと明かりを明滅させながら…。


ニョキニョキと背を伸ばす。


「街がかわるね」


「ああ、変わるな」


「良くなるのかな?」


「さあな?」


山が、ひとつ無くなった。


それだけ見ればあまり良い気はしない。


「地球が…」


「んあ?」


「汚れるな…」


「でかいね」


「でかいな」


地面が隠れれば、その分地球が汚れる。


木が死ねば、その分空気が汚れる。


その事が良い事か?


街が、輝けば人が集まる。


ビルが伸びれば、人が住める。


それが悪い事か?


誰にも判りはしないだろう。


「やっぱり、ワカラネエな」


「んあ」


峯岸と立川は背伸びするビルの上に月を見つける。月の光りは何物にもかえがたい。


あれは…


太陽の光りをそのまま映し出している。


だけど…


だけど、やっぱり月が光っているのだろう。


「月はさあ」


「んあ」


「あれは、本当の光りだよな?」


「本当…だろうな」


月の光りは真似できない。


街がいくら光りを発しても。


あの光りを手に入れたら…?


「何が正しいかどうかなんて関係ないよな?」


「んあ」


きっとそうだと、峯岸はひとり頷く。


月の光と街の明かり。


月の光が本当なら、街の明かりはウソなのか?


それは、違うだろう。


街の明かりは、人を呼ぶ。


人はウソが嫌いなはずだ。


峯岸は、おじさんから貰った聖書を開いてみた。


パタンと開いたそのページには…。


”汝の隣人を愛せよ”


まるで、栞でも挟んでいたようにそのページは開いた。


おじさんが好きな言葉なのかな?


だとしたら、おじさんが愛したい隣人て誰なのだろう。



「汝の隣人を愛せよ」


「んあ」


「お前は俺の隣人かなあ?」


「まあ、気持ち悪いな」


「だな」


でも、それは凄く簡単明快な気がした。


金で助かる命も。


銃で奪える命も。


高く延びるビルも。


光輝く月も。


どれが正しいかなんて、きっとどうでもいい事なんだ。


”汝の隣人を愛せよ”


それが出来れば…。


「俺も月みたいになれるかな?」


「もう、帰るか?」


「だな」


峯岸と立川は公園で二人きり。


おじさんの姿は見当たらない。


「どこ行ったかなあ?」


「さあ?」


きっと…。


正しい事をしに出掛けたのだろう。


おじさんのテントはそのまま残っていて、その前には、貼紙がしてある。


”アガペー”


「アガペー?」


「アガペー?」


何の事だかさっぱりわからない。


アガペーとは何ですか?


答えはいらない。


「入ってみるか?」


「みるか?」


おじさんのテントに入ってみた。


「なんもねえな」


「んあ」


中はおどろくほど殺風景で、多少の雑貨と本しか置いてなかった。


ピストルやら大金やら…。


そういったものは見当たらなかった。


「爆弾くらい」


「あると思ったのにな」


あってどうする訳でもない。


むしろ無くてホッとした。



難しそうな本をパラパラとめくってみる。


すると中から。


写真が一枚滑り落ちた。


「家族かな?」


「かな?」


そこにおじさんは写っていない。


ただ、赤ん坊を抱いた女の人が写っているだけだ。


ずいぶんと古い写真。


”隣人…”


峯岸はふと思った。


「おじさんの隣人かな?」


「んあ」


きっとそうだろう。


峯岸は裏を見てみた。


文字が書いてある。




”LIGHTS”




光だ。きっと月のようなものだ。



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