たけしの挑戦状③

 世界的な地位と人気を誇るジャパンRPGがある。そのRPGには、シリーズに欠かせない名演出が存在するのだが、ファミコンで初めて取り入れたのは『たけしの挑戦状』らしい。果たして、その演出と大作とは……?


    ■


「一番苦労した、もしくは記憶に残ってるシーンはどこでしたか?」


 あの破天荒なゲーム内容を思えば、この質問は無粋かもしれない、と鮎式あゆしきは思った。“すべて“と答えられたら、あのゲームを知る者としては納得だが、企画としては不服でもある。そんなジレンマに陥る覚悟での質問だ。


「……苦労したと言えば、ハンググライダーかな。あれは思い出すだけで命がいくつあっても足りないシーンでしたね」


 『たけしの挑戦状』における、謎解きを除けば最大の難所とも言われる、ひんたぼ島から宝島へと向かう海と空の長丁場である。


「ま、まさか全部スタントなしで彩良里さらさとさんが?」

「……そのまさかですよ。人生初の海外が仕事に訓練に勉強。キャパは常に限界だったかな。費用は当然すべてメーカー負担ですけど、ほんと、あの頃の日本は好景気でしたね」


 スキューバ、熱気球、クルージング、セスナ、ハンググライダー。彩良里は作品たけしが完成するまで、それらすべての講習や資格試験の勉強に加えて、三味線まで習ったというのだから驚きだ。


「スキューバなのに遠泳だったのは結構きつかったですけど、まだ体力はあった年齢でしたし、ひとつめの島で途中終了ゲームオーバーだから何とかなりました。だけどハングとなると集中力もいるし、上昇気流を掴むのが大変でしたよ。それに天候ばかりはどうにもならないから、リテイクは数えきれませんでした」


 島に上陸できる唯一の正解ルート、ハンググライダー。やられた場所からすぐにコンティニューできる裏技や周りの敵を消し去るテクニックでも、こればかりはどうにもならない。攻略本で謎解きを突破した者たちを容赦なく挫折させた。


「もしかすると、あの空と海は“キタノブルー”の先駆けかもしれないですね」

「言えてますね。それを見越したアイデアなら、私はあの人の一番の映画作品って自慢してもいいかな?」


 キタノブルーとは、キタノ映画の美術面で青色が多く使用される、彼の作品を象徴する特長のひとつである。鮎式の喩えに彩良里は笑いながら応えた。


「鮎式さんは、ファイナルファンタジー遊んだことあります?一番最初の」

「え、あのスクウェアのゲームですよね? ええ、子供の頃、夢中になってクリアしましたよ。それから2と3、スーファミの4、5、6までは全部……あ、すみません」


 唐突に出てきた誰もが知るタイトルに、鮎式はこれまでとは打って変わり饒舌になってしまい謝る。彩良里は気にするな、と言わんばかりに手で軽くジェスチャーを見せた。


 『ファイナルファンタジー』スクウェア(現スクウェア・エニックス)より、1987年12月18日に発売。


 シリーズ累計出荷・販売本数は世界で裕に一億本を超えるRPGの記念すべき第1弾。サイドビューの戦闘画面で、武器や魔法の攻撃、勝利の喜びや危機などのリアクションをキャラアニメで可視化した新機軸は、壮大なシナリオと深みある世界観ともども高い人気を博した。


 挑戦状の大きな特徴として、物語は前置きなくフィールドに立つところから始まる。訳も分からぬまま数十分ほどの戦いとイベントを経て第一歩を踏み出すある場所で、突然、主人公プレイヤーたちに与えられた使命が雄大なオープニングと共に明かされるのであった。


「知ってます鮎式さん?実は、挑戦状も同じなんですよ」

「え、どこがですか!?」


 突如語られた超大作と挑戦状の意外な共通点。完全否定とも捉えられない反応を見せる鮎式に、彩良里は台本の表紙を見るように勧める。


「ポリネシアンキッド 南海の黄金……?」

「これ、『たけしの挑戦状』のサブタイトルなんですよ」


 空と海の試練を突破し、四つ目の島に上陸した時に初めて拝むことができる、物語に隠された主人公の本当の冒険である。


「まあ、ファイナルファンタジーと比べたらチープですし、引っ張りすぎた感はありますけどね。これが先ほどの質問の二つめの答え。印象に残ったシーンです」


 望んでいた以上に筋の通った回答に満足した鮎式だったが、それよりも二つの作品に共通する、もうひとつの繋がりに不思議な心騒ぎを覚えた。


 本作たけしの発売元である株式会社タイトー。1953年に設立された日本のコンピュータゲーム業界の創世記よりゲーム筐体およびソフトなどの関連商品の開発・製造・販売を行ってきた老舗メーカーのひとつ。ダライアス、バブルボブル、奇々怪界など、代表作は数えきれないが、中でもインベーダーゲームは、まだ家庭用ゲーム機普及前の1978年に爆発的ヒットを飛ばした。


 2005年以降、吸収合併など様々な事業形態を経ながらもブランド名は継承している。現在、機能子会社として操業する親会社がスクウェア・エニックスであることに何か運命じみたものを感じざるを得ない。


 ボン……ボン……キィィン


 台本を眺めながら感慨にふける鮎式だったが、鼓膜の奥を軽く響かせる二度打つ音と鋭鳴に我に帰る。いつの間にか、彩良里の手にはグラスに代わって、マイクが握られていた。


 続けて、演歌のイントロが奏でられると同時に、壁に設置されたテレビモニターが眠りから覚めたように街並みの映像を浮かべる。そして、映し出される『雨の新開地』という文字。


 〽 あなたのためなら どこまでも ついてゆける私


 素人歌唱ながら、落ち着きと優しさを乗せた彩良里の歌声が店内を包み込む。大人による大人への子守歌というのはクサい評価だろうか。おぼろげな記憶だが、鮎式はこの曲に聞き覚えがあった。


 ──『彩良里さん、あの時、何十曲も歌わされたんですよね』


 あとでこの店の主人から教えてもらった裏話である。

 彩良里は、カラオケは不得手で、何を歌っても監督から「下手くそ!」と何度もドヤされてはダメ出しを受けたらしい。そんな中でナンとか聴ける代物だったこの歌を含めた数曲で撮影は押し進められた。


 物語の重要な分岐点となるカラオケイベント。その舞台『カラオケスナックあぜ道』として使用されたのが、この店であったことを鮎式はこの時、初めて知った。


 〽 せつない想いを歌にして 雨降る新開地.


 タイトーより同じくファミコンで発売された『爆笑!!人生劇場』でも使用された劇中歌。詩に反して眩耀の先にある希望を思わせるこの曲を、彩良里はどのような気持ちで歌ったのだろうか。

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