たけしの挑戦状②

 ゲーノウジン。主にビデオゲーム内に登場する人間などのキャラを演じる職業。広義の意味では俳優、タレント、声優などと同じく、ゲーム業界が一般社会に浸透し始めた、1970年代後半より少しずつその存在が世間に認知されるようになった。


 正式な呼び名は、”GAME NOWZING(遊戯進行役)”である。“ZING”には、モノが発する音や動き、活気を示す意味を持つ。それを現在進行形の”NOW”で演じる者たちを捩った通称として、いつしかゲーノウジンと呼ばれるようになった。


    ■


「……とまあ、役者になってやると上京して十数年、ついに訪れた転機にしてラストチャンスだと思いましたよ」


 男は簡単に自分の生い立ちを語ると、手にした水割りのグラスに口をつける。暖色の灯りと濃褐色のカウンターテーブルと挟まれるように透過されて酒類はわからないが、「いつものアレで」と通じたところを見ると、店のマスターとの付き合いも長いようだ。


 男の名は、彩良里 満さらさと みつる。19XX年生まれでT県の出身。職業は元ゲーノウジン。代表作は『たけしの挑戦状』で、同時に自分の時代を終えた一発屋とは本人の弁。


「主役に抜擢された時は、どんな気持ちでしたか?」


 鮎式あゆしきはノートに彩良里の話をメモする時折り、傍らに置かれたボイスレコーダーのセグが記録を重ねていることを確認する。


「そりゃもう嬉しかったですよ。天にも昇る心地でした。私、こんな顔でしょ?映画でもドラマでもいつも、おめでたいシーンの群衆とか接客業とか、ナンにせよ脇役ばかりでしたからね。ゲームだとしても、やっと私もマリオみたいな人気者になれるんだって思いました」


 彩良里さらさとは、SFや変身ヒーローにも憧れていたこと、ハリウッドデビューだって叶えたいという夢も含めて、嬉々として当時の喜びを語った。鮎式は思わず小さな苦笑いを浮かべそうになる。しかし、当時の情勢を考慮すれば、彼が語る成功の根拠は十分すぎるほどに揃っていた。


 『スーパーマリオブラザーズ』任天堂より1985年9月13日発売。

 1983年に社会現象とも言える巻き起こしたファミリーコンピュータ(通称、ファミコン)。テレビや冷蔵庫などの家電同様に家庭用ゲーム機という役目を広めた、任天堂が生み出した歴史的ハード。その影響はゲームだけに留まらず、様々なメディアに多大な影響を及ぼした。


 その中でもスーパーマリオは、空前のブームを巻き起こす火付け役となる。ファミコンとともにゲーノウジンという存在を世に広めるのに最も貢献したソフトとも言われている。ゲームをまったく遊ばない人でも、現役を誇るトップスター、マリオの名を知らぬ者は少ない。


「……それになんと言っても、あのビートたけし監修でしたからね。監督やスタッフの方からも、“ほかのメーカーでも芸能人とゲーノウジンが共演したゲーム制作が進んでる。それに負けないようにぜひ主役として力を貸してくれ”って、期待されました」


 ビートたけし。またの名を北野 武きたのたけし。当時の彼はまだ“世界のキタノ”とは呼ばれていなかったが、既に日本でも有数の一流タレントだった。


「確かにあの頃は、タレントも次々とファミコン界に進出してましたね」


 鮎式は、取材前に調べたデータと記憶を思い起こす。

 『たけしの挑戦状』が発売された同年同月、CBSソニーよりファミコンで『聖飢魔Ⅱ 悪魔の逆襲』が、そして、任天堂からはフジテレビの人気ラジオ番組オールナイトニッポンの人気パーソナリティたちが出演する『オールナイトスーパーマリオブラザーズ』がFCDから限定数量で発売されている。


「デーモン小暮は主役を、マリオはフジテレビとのコラボ、そして私はビートたけしのプロデュース……無名の役者には勿体なさすぎる話だと思いますよね」


 彩良里はそう言うと、空になった水割りのグラスの底を軽く振る。マスターは無言で頷くと同じ酒の代わりを用意した。


「そうですね、話が……いえ、それじゃ次は撮影収録プログラムでの話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

「……ええ」


 二杯目を飲もうとする彩良里に対して、鮎式はまたもや口から滑り出そうになった言葉を飲み込む。本当は聞きたいことがあったのだが、インタビューの話題を次の制作段階ステップへと移す。実のところ、彩良里も当時は同じ疑問を抱いていた。


『──どうして自分なんかが選ばれたんだろう?』と。


    ■


 社長に辞表を提出して無職になる。飲み屋で酔い潰れて帰宅した勢いで妻と離婚する。パチンコ屋で文句を叫びヤクザから玉を奪う。ハンググライダーで海域を長距離飛行。釜茹でにされる寸前に三味線を弾く……etc


 傍から見れば自暴自棄か、もしくは奇行や非常識としか思えない行動の数々。だが、これらはすべて『たけしの挑戦状』のクリアに避けては通れない攻略方法シナリオである。


「謎を解けるか一億人に嘘偽りなし、でしょ?」

「まさしく、常識が危ないですね」


 彩良里が今日の取材の為に用意してくれた当時の台本。それを見た鮎式だったが陳腐なコメントしか浮かばなかった。


「私、本当は酒がまったく呑めなかったんですよ。それなのにテキーラで深酒するほど元気になるとか、今にして思えば、急性アル中になったら洒落にならないですよね」

「え、本当に飲んだんですか?お茶とかじゃなくて?」


 たとえファミコンでも、いや、ファミコンという限られた表現力と処理能力の枠内だからこそ、制作にリアリティーを追求したのではないだろうか。


「ほんと、あの作品は色々と大変だったけど、とにかく若かったな」

「今だって十分に若いじゃないですか。とても、XX歳には思えませんよ。何か若さを保つ秘訣とかあるんですか?」


 鮎式の言葉は決してお世辞でもご機嫌取りでもない。自然と出たものであると同時に取材が始まる前から抱いていた疑問だった。


 『たけしの挑戦状は』はもう30年以上前の作品だ。服装や雰囲気こそ、落ち着いているが、彩良里の外見は30代にしか見えない。鮎式にはそれが不思議でたまらなかった。


「鮎式さん、あなたゲームが好きなんですね」


 彩良里は、地の笑顔に敷かれた口許を嬉しそうに上げながらニヤリと微笑んだ。

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