ゲームナウジング198X - GAME NOWZING 198X -

鯨武 長之介

SHIT VIDEO GAME OR BAD VIDEO GAME

第1章:TFC-TC-5300 ”Common sense is dangerous”

たけしの挑戦状①

『金かえせ!』


 閑静な住宅街にポツリと佇む、時代錯誤な木造の平屋。杉板の外壁には赤いスプレー塗料で走り塗られた乱暴な言葉。


 いったい誰が、なぜ、こんなことをしたのだろうか。

 今となっては犯人も分からないが、その経緯と心当たりを紐解きながら立ち尽くす二人の男がいた。


    ■


 情報と流行、夢と活気、そして時代と文化の中心となる煌びやかな大都会に所在……するはずなのだが、その町並みは日曜日であるも、どこか寂しさを纏った静けさに包まれている。


 20XX年、某月某日。ある人物の取材に、この呉井治町くれいじちょうへとやってきた一人の男。商店街より、ひとつ隣の通りに建ち並ぶ飲み屋の集まりに根を張る一軒の木造店舗。男は入り口の前で、軒先の上に掲げられた大きな看板を見上げながら大きく深呼吸をする。


「ふう……ここにあの人が」


 まだ、正午を過ぎたばかりの陽の明るさ故か、シンプルな字体で標記された『カラオケスナック』という、夜を主とした商いの場に居ることにどこか後ろめたい気持ちにもなるのは、彼が生真面目な性格だからなのかもしれない。


 男の名は、鮎式 勘秀あゆしき のりひで。都内の中小出版社『空想芸夢』に籍を置く新人以上、ベテラン未満の経歴を持つライターだ。見た目年齢は青年だが、落ち着いた様子は壮年も思わせる。本人曰く年齢には触れないでほしいらしく、幼い頃に昭和の終わりを迎えた世代とだけ聞く。


「ごめんください……」


 鮎式あゆしきが店の入り口ドアを開けると、頭上からカランカランと客を迎えるドアベルが鳴り揺れる。店内に入ると同時にその渇いた鐘の音に反応して、二人の顔が鮎式の方を向いた。


「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」


 カウンター席が僅か四つばかりの小さな店内聞こえる、明るくも落ち着いた声。カウンター内側、壁際に居るのがこの店のマスターだろう。しかし、声の主は彼ではない。その向かいに座るもう一人の男だ。


「は、はじめまして。私、空想芸夢の鮎式と申します。本日はお忙しい中……」


「まあまあ、堅苦しい挨拶は抜きにして座ってくださいよ」

「は、はあ」


 作り笑いではなく、生まれつきのタレ目気味、えびす顔の男が場慣れした口調で鮎式に隣の席を勧める。まるで取材する側の方が素人のようだ。


 何とか挙動を安定に抑えた鮎式は、無礼を承知で座ったままで男に名刺を手渡す。


「こりゃ御丁寧にどうも」


 座った姿勢ながら、男の名刺の受け取り方は、一朝一夕では身につかない完成されたマナーがにじみ出ていた。何百枚と交わしたであろう名刺交換じこしょうかいのスキルに長けていることが窺える。


 親しみと貫禄を併せ持ち、そして何よりも同年代を思わせる風貌に鮎式は不思議な安心感を覚えた。


「お恥ずかしながら“ゲーノウジン”を取材するのは初めてでして……それに」

「それに?」


 ほぐれた緊張からの油断か、流れ出た余計な一言に鮎式は時間を止めんとばかりに肺を硬直させる。


「……それに、私があののゲームだからですか?」

「え、えっと、いや、その……」


 鮎式の全身の酸素と血の流れが再び乱れそうになる。


「ははは、冗談ですよ。すみません、少し悪フザケがすぎましたね」


 常に笑顔で過ごすことを運命さだめられたような肉付けの表情だけに感情が読み辛いが、どうやら機嫌を損ねたわけではないようだ。男は言葉を続ける。


「それでは改めまして自己紹介を。私があの『たけしの挑戦状』で主人公を演じましたサラリーマンです。よろしくお願いします」


 『たけしの挑戦状』タイトー(現:スクウェア・エニックス・ホールディングスの機能子会社)より1986年12月10日発売


 平凡な青年サラリーマンの主人公が、南海の孤島に眠る財宝を探す旅に出ようと一念発起するところから物語は始まる。『謎を解けるか。一億人。』『常識があぶない。』など、まさにビートたけし本人からの挑戦ともいうべきキャッチコピーで銘打たれた、伝説のアクションADVである。


 自分の目の前にいるのは本物のゲーノウジン。しかも、ファミコンと時代を共に歩んだ世代であれば誰もが知る、あの波瀾の喜劇を演じた大物である。鮎式の胸に再び緊張が走るが、それと同時に込み上げる懐かしさと高揚のなか、いよいよ取材が始まる。

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