Ⅲ 新時代
血液検査にMRI、さらには脳波に到るまで、徹底的にメディカル・チェックを受けさせられた後、いろいろと点滴を打たれてからリハビリもこなし、すっかりもとの体力を取り戻した僕は記者会見の場に引っ張りだされた。
超高層な病院ビルの最上階にある、壁一面がガラス窓になった明るい大会議室で、会見席の僕を囲む記者達の間からはカシャカシャと微かなシャッター音が聞こえる。
皆、手に何も持ってはいないが、おそらくはメガネにカメラ機能が搭載されているのだろう。僕の時代にもすでにあった技術だ……って、みんなメガネかけていないんだけど、それじゃ、カメラ付きコンタクトレンズでもしているのか? そこまで技術が進歩したのだろうか?
この時代でも、やはりAIの助けなしに人類は生きていけないということか……。
そういえば、人間とAIは良好な関係を築けているのだろうか? 僕の時代にはAIの方が上位になってしまっていたが、どちらが上でも下でもなく、互いに平等といえるような良い関係性が……。
そんな疑問がふと頭を過る僕であったが……
「――今のご気分はいかがですか?」
「この時代についてどう思いますか?」
その疑問を確かめるよりも前に、僕の方が質問攻めにされてしまった。
「あ、はい。ええと……なんだかまだ夢を見ているような気分です。今の時代については……とにかく戦争が終わっていてくれてよかったです」
「あの戦争について思うところを一言お願いします」
僕は別に芸能人でもなければ、政治家でも著名な文化人でもなく、ごくごく平凡な一介の学生である……いや、
こんな経験今までなかったので、しどろもどろになりながらも僕はなんとか質問に答えるが、答える先からまた容赦なく次の質問が飛んでくる。
「え、ええと、それは……」
「すみません。本人はまだ現在の環境に慣れていないため、ご筆問は挙手の上、一人一つまででお願いいたします」
すると、答えに窮する哀れな僕の姿を見て、同席していたイヴが助け舟を出してくれた。
歳は僕と変わらないくらいなのに、なんとも頼もしい女の子だ。
歳といえば、彼女はこの若さにして、僕から旧時代の人類の文化についての情報を採集する専属担当研究員に抜擢されたのだそうだ。
だからこうして今も僕の傍らにいてくれるわけだが、自分で言うのもなんだけど、僕は旧時代唯一の生き残りという超貴重な存在である。そんな僕のただ一人の専属研究員に指名されたということは、さぞかし優秀なのであろう。
そう思い、選ばれた理由を尋ねてみたのであるが、すると彼女は……
「別に誰でもよかったのです。わたしがあなたから得た情報はネットワークですぐに共有されますから」
と、照れるでも謙遜するでもなく、極めて冷静な口調で淡々と答えられた。
なるほど。僕の時代でもネットは発達していたが、あれから100年も経つのだから、それは想像もつかないくらいのレベルになっているのだろう。
そんな些細なことも含め、どうやら僕の持っている常識はこの時代において通用しないらしい……これは、いろいろと考えを改めてなくてはいけないかもしれない……。
しかし、そうして考えを改める間もなく、僕は〝特別天然記念物〟に指定され、その記念パレードをすることとなった。
ま、旧時代唯一の生き残りなのだからわからんでもないが、そこはやはり人間なので〝人間国宝〟とか、そういうのにしてくれないものだろうか?
これでは、なんだか絶滅危惧種のようだ。別に
そんな僕の気持ちを置き去りに、宙に浮くオープンカーに乗せられ、この都市を貫くメインストリートをパレードすると、道の両脇にはほんとたくさんの群衆が押しかけ、彼らと何ら変わりばえのしないこの僕の姿に大きな歓声が沸き起こる。
僕がアイドルや世界一のアスリートなんかだったならば、もっと前向きにこの状況をとらえられていたのかもしれないが、どうにも動物園で見世物にされている珍獣みたいで正直あまり気分のよいものではない。
「……ま、でも、平和そうで何よりだ」
それでも、これだけまた人類が繁栄している様子を目の当たりにすると、純粋にうれしさの感情が込み上げてくる。
ほんとに、あの戦争で人類が滅亡寸前にまで追い込まれたとは思えないくらいだ……。
記憶に残る荒廃し切った瓦礫だらけの赤茶けた景色が悪い夢だったかのように、この都市の街並みも病院の中同様に白く清潔で、非常に洗練された文明を感じさせるものだ。
まだ
また、リニアと同じに電磁石を使ったこのオープンカーや、他の都市への移動など遠方に行く際に利用する大型旅客用ドローンも、戦争前にも増して人類の文明が進歩を遂げたことを物語っている。
まあ、仕組み自体は僕の生まれた頃と大差ないのだが、操縦は人間が手でするのでもAIの自動操縦でもなく、搭乗者が脳波で行うようになっているのだ。
といっても、頭に何か電極のようなものを取り付けるでもなく、どういう仕組み化は知らないが、なんのインターフェイスも用いないままに、ただ運転席に座って無線でするものである。
その操縦方法もいたって簡単で、宙に浮くことをイメージすれば上昇するし、前方へ飛ぶように思えば進み始めるしという感じで、ほぼ歩いたり走ったりするのと変わりないのだという。
さすが、100年も経てばそこまで進化するものかと感心したが……それにしてもよかった。
技術は進歩しても、僕らの時代のようにすべてAIに任せっきりにはしていない。ちゃんとそこには、人間の意志というものが介在しているのである。
もしかしたら、あの戦争での反省から、AIにすべてを委ねる社会を改めようとする考えが人類の中に芽生えたのかもしれない……。
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