Ⅱ 旧世紀

 彼女の言うことが本当だとすれば、つまり今は22世紀の中頃になるということか? もっとも、まだそんな暦を使用していればの話であるが……。


 それより遡ること100年前の2030年代初め……AI(人工知能)の急速な発展に伴い、多くのことをその能力に頼るようになった人類は、ついに政治・経済の舵取りも彼ら・・に任せるまでに至った。


 拝金主義により衆愚政治となり果て、行き詰まりを見せていた民主主義に代わる、AI管理社会の誕生である。


 しかし、限られた資源と経済発展を巡り、デフォルトとして自国の利益を最優先するようプログラムされた各国のAIが、最終的に導き出した極めて論理的・・・な問題解決方法は、「武力による敵国の殲滅」だった。


 政治決定権を持つAI達は敵国に対しての武力制裁を可決。その〝法〟に従う形で人類は従軍し、宗教や経済的格差、文化的価値観などによる同盟から大きく欧州・環太平洋ブロック、東ユーラシアブロック、アフリカ・中東・南アメリカブロックの三勢力に別れ、相手がこの地上から消滅するまで続く、終わりの見えない血みどろの大戦争――第三次世界大戦へと突入した。


 しかも、人間と違い、ネットワークで繋がった情報体であるAIに〝個〟としての死生観はなく、けして死ぬことのない彼らは核兵器を使うことも厭わず、一週間と絶たずに人類の築いてきた文明はあっけなく崩壊したのである。


 そんな中、いまだ戦争を続ける軍人達を残し、僕ら民間人……特に僕のようにまだ学生だった者達は被害を避けるため、本当に終わりがあるのかもわからない戦争が集結するまでの間、まるでクマの冬眠の如く核シェルターの中で冷凍睡眠コールドスリープしてその時・・・を待つことになったのだった。


 どうやら、僕以外の者にその時は永遠に来なかったみたいだけれども……。


「残念ながら、あなた以外のポッドは水没の折に破損し、中の人間はすでに死亡していました。さらに残念な報告をいたしますと、この地球上で現在生存の確認されている旧時代の人類はあなただけです」


 見回せば、その白一色の無機質で清潔感のある部屋の中には彼女の他にもドクターやナースらしき白衣の人々がおり、歩み寄って来た彼らに再び床へ戻されながら、彼女の告げる衝撃的な事実に僕は愕然とする。


「僕だけ? ……そんな……もう、僕の他に誰も生き残ってはいないのか……」


 家族や友人はもちろんのこと、同じ時代に生きていた者達はもう誰一人としていないのだ……不意に押し寄せるとてつもない孤独感……昔話の浦島太郎も、竜宮城から帰って来た折にはこんな気分だったのだろうか?


 だが、強い孤独感に苛まれるとともに、その一方、ものすごく安心したこともある……。


 彼女達の存在だ。


 最早、人類の生存など眼中になかったあのAI主導による泥沼の戦争ならば、人類という種自体、この地球上から消滅してしまっていてもおかしくはない……でも、そうはならなかったことを目の前の彼女達は証明している。


 どのようにして生き残ったのかは知らないが、ともかくも、人類はあの凄惨を極めた戦争を乗り越え、なんとかその〝種〟を100年後の世界にも繋げたのだ。


 …………いや、ちょっと待て。本当にそうなのか?


 しかし、安堵してわずかの後、僕の脳裏にはある疑念が過る。


 本当に、あの戦争を人類は生き延びることができたのか? たとえ戦争終結まで生き延びられたのだとしても、もうあの時点で地球の自然環境は壊滅的な有様だった……。


 ただでさえ、人類の寄与など必要としないくらいにAIとロボット技術は進化を遂げ、すでにこの世界は彼らの支配するものとなっていたのだ。


 そんな状況下で、風前の灯火と化した人類という弱小の種をAI達が救うとも思えない……。


 もしかしたら今、目の前にいる彼女達の樹脂で造られた皮膚の下には、金属の骨格フレームとモーターやら油圧ポンプやら電線の束やらが詰まっているなんてことも……。


 じつは生身の人間ではなく、彼女達は無機質の素材でできたアンドロイドなのではないのか?


 そんな、なんとも恐ろしい疑いを思い抱いてしまったのである。


「あ、あの……あなた達は……人間なんですか?」


 僕は、ドクター達にいろいろとメディカル・チェックを受けながら、おそるおそる彼女に尋ねてみた。


「……ああ。わたし達がロボットではないかとお疑いなのですね。はい。人間ですよ。この新しい時代の・・・・・・人類です。金属や樹脂ではなく、骨と肉でできた体にちゃんと血も通っていますよ」


 だが、しばし不思議そうに僕の顔を覗き込んだ後、彼女は薄らと微笑みを浮かべると、変わらぬ穏やかな声でそう答えたのだった。


 幸運なことにも、僕の抱いた嫌な予感は大きく外れてくれたようである……やっぱり、彼女達は僕と同じ、正真正銘の人間なのだ。


「でも、あなたはわたし達と違い、たいへん貴重な、唯一生き残った古い時代の人類であることに違いはありません。さ、おしゃべりはまた後にして、まずは精密な検査を受けてください。冷凍睡眠コールドスリープによる後遺症があるかもしれませんから……ああ、申し遅れました。わたしは旧人類文化研究所の研究員で名前をイヴと申します」


 改めて安堵に胸を撫で下ろす僕を彼女は碧の眼で見下ろし、ひとまずの別れ際に思い出したかのようにそう挨拶をした――。

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