特別天然記念物「旧人類」

平中なごん

Ⅰ 目覚め

 どのくらい眠っていたのだろう……それは一瞬のようでもあり、また永遠だったようにも思う。


 その日、目が覚めると、あの凄惨を極めた戦争は影も形もなく終わっていた――。




「――ご気分はいかがですか?」


 久方ぶりに開けた僕の眼に最初に映ったのは、輝く銀髪のショートヘアに碧の眼をした女性だった。


 歳は僕と同じ20前後だろうか? まさに思い描いていた〝近未来〟といった感じの、光の加減によって七色に輝く生地でできた、無駄な飾り気がなく、スタイルの良い体にぴったりフィットする衣服を身に着けている。


「……ここは……僕はいったい……」


 鈴を鳴らしたような声で尋ねる彼女に、僕はその整った顔をぼんやりと見つめながら尋ね返す。


 上から僕を覗き込む彼女の頭越しに見えるのは、一点の汚れもない完璧なまでに真っ白な天井だけだ。


「ここは世界連邦・極東ブロックの首都〝中京チュウキョウ〟にあるセントラル病院です。あなたは海中に沈んでいた冷凍睡眠コールドスリープポッドの中で発見され、ここへ運ばれてきたのです」


「……中京? ……名古屋か…………」


 穏やかな口調で説明する彼女の言葉に、僕は頭の中にある知識からそんな風に地理的な理解を示した。


 なぜ、そんな遠くまで運ばれたのだろう? 最後に残っている記憶が正しければ、あの時、僕は東京のシェルターで眠りについたはずだ……なら、東京の病院に行くのが当然だと思うんだが……。


 ……あれ? そういえば今、〝海の中〟とか言ったか……どうして海の中になんかいたんだろう? もしかして、あのシェルターまで破壊されてしまったのか? それじゃ、他の人達はどうなったんだ?


 脳がはっきりと覚醒してくるにつれ、様々な疑問と戸惑いが頭の中に渦巻き始めたが、続く彼女の説明を聞いて、僕はいろいろと誤解していることを知り、また、さらに驚かされることとなる。


「いいえ。ナゴヤではありません。かつてニッポンと呼ばれていたステイトの一部であることに間違いはないですが、ナゴヤではなくナガノ・・・と呼ばれていた行政区カウンティです。あなたを回収した旧トウキョウ地域やナゴヤを含め、この島の海岸部にあった主要都市は核攻撃により海中に没しました。そんな中、標高が高く、2000m級の山脈に囲まれていたこの地域だけは比較的良好な状況で残り、極東ブロックの首都を設置する場所に選定されたのです」


「東京が水没? ……いや、日本は!? 日本はどうなったんだ? 戦争は? 戦争はどうなった!? どこが生き残った?」


 僕はようやく大切なことをはっきりと思い出し、まさにガバっ…という擬音がよく似合う勢いで、棺桶のようなポッドの中から飛び起きる。


「うっ……」


 と、急に目の前が暗くなって、再び意識が飛びそうになる。


「そんなに急に体を動かしてはいけませんよ。100年以上も冷凍睡眠コールドスリープ状態だったんですから」


「100年!? ……そうか。そんなに長く眠っていたのか……」


 クラクラする頭を押さえながら丸まる僕を見つめ、まるで看護婦さんのように注意をする彼女のその一言に、僕はまたも驚きを覚える反面、なんだか妙に納得するような気もしていた。

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