やって来たアイスフロッグ爺さん(๑⁰ 〰 ⁰)

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アイスフロッグ爺さん、現れる(๑⁰ 〰 ⁰)

 キンキンに冷えた冷蔵庫の冷凍室。

 少しずつ温まりだしたキッチンの一角。

 少女の手のひらに乗っている透明な物体が言った。


「よぉ、おまえさん。作ってくれてありがとな、ゲコッ」


 部屋の空気が一気に氷点下まで下がった。




「え、ちょっとまってちょっとまて、しゃべったあああああ!」

「ていうか、これ生きてるのか?うごいてって、飛ぶな!跳ねるな!来るなー!」

「カエル、こわっ、きもっ」

「失敬な」

「いやあああああ!」

「作ったのナナだろー!逃げるな、ナナー!」


 静まり返ったキッチンは、二人の悲鳴と一匹の生物によって、戦場と化した。果たして、生物と呼んで良いのかは分からないが、透明なカエルは二人の間を鳴きながら飛び跳ねている。


「落ち着け、人間ども。何をそんなに恐がってゲコッ」

「いきなりカエルが出てきて話し出したら、誰でも驚くでしょ!?」

「そうかのう?」

「それも、冷凍室から!」

「おぬしがその冷凍室でわしを作ったんじゃからなゲコッ」

「・・・仰る通りで」


 10cm近くの透明なカエルに口で勝てず、ナナはダイニングテーブル脇の床でうずくまった。テーブルの上にはカエルの形をした氷の塊が勝者のようにそんなナナを見下ろしている。


「全く、おーばーすぎるりあくしょんでわしの方が驚いたわい」


 少し解けだしているのか、カエルの足元には小さな水溜りができ始めていた。

 カエルはテーブルの上に立ち上がり、腰に手を当て、やれやれと頭を振っている。

 生きている、であっているのか分からないが、このカエルの体は透明の氷である。内臓は無さそうだが、なぜか話しているのだ。それも日本語を。

 カエルの言語はゲコゲコだけじゃないのか、とワタルは現実逃避するように頭の片隅で考えていた。


「驚きすぎて内蔵が出るかと思ったわ」

「え、内臓とかあるんですか」

「何を言う。驚いたら出そうになるじゃろ、内臓」

「いえいえ、そんな風にはちっとも見えなかったんですが・・・」


 ナナの横で正座しながらついつい突っ込みを入れてしまった。カエルの話し方がおじいちゃん口調なので、なぜか自然と敬語になってしまうワタル。


「何を言うんじゃ。わしは脆くてないーぶなんじゃぞ。もっと大事に扱ってくれないと」

「へー、ないーぶなの。ところでないーぶってなに、ワタル」

「分からない言葉なら無理して使うな、一人と一匹」


 ちなみにナイーブとは繊細や純粋という意味があり、また傷つきやすいという意味合いでも使われる言葉だとしっかり後から説明するワタル。

 なるほどと、一人と一匹は相槌を打った。カエルもよく意味を知らないで使っていたらしい。


「案外ワタルはかしこいんじゃな」

「いや、そういうわけじゃ」

「そうなんだよ!学年でも3位に入るくらいなんだよ!」

「そしてナナは馬鹿であったか」


 復活したナナが腰に手を当てて自慢を始める。自分のことではなく、ワタルのことなのだが。

 そしてそんなナナに追い討ちをかけるカエル。

 カエルが追い討ちというのも、今日までない光景だと思ってたんだけどなぁとワタルはため息をつきながら目の前の二人を見ていた。


「なにをー!馬鹿じゃないよ!」

「そうやって反論するところが馬鹿の証拠じゃ」

「カエルのくせにー!」


 ナナの言葉に我に返ったワタルは不思議に思っていたことをカエルに聞いてみた。


「ところで、カエル・・・さんは生きてるんですか?確かナナは水しか入れてなかったと思ったんですが」

「うむ。ひゃくぱーせんと、水だけじゃ」


 カエルへの敬称は〜さんで正解だったようだ。


「おまえさんたちが見た通り、それ以外は何も入っとらんぞ」

「・・・おもちゃの型に水を入れて凍らせたら、しゃべるカエルができるんですか?」

「うーむ、なんと説明したらよいか分からぬが、そういう場合もあると言っておく」


 数時間前、ナナとワタルは家の倉庫に置かれていた雪かき用のシャベルを取り出していた。なんと今日は1-2年ぶりに大雪が降ったのだ。

 夜のうちから徐々に積もり始め、明け方には腰下辺りまで積もっていた。そして嬉しいことに学校は休校。窓を開けたら銀世界に変わっていた。


 学校が休みなら二度寝一択。

 朝いつも通りに起きたワタルは急げ急げと抜け出した布団の中に戻った。

 さてもう一眠り、と瞼を閉じたところに隣の幼馴染がけたたましい音をたてて部屋に侵入してきたのである。手引きしたのは実の母だ。

 起きて、起きてと起こされたワタルはぐだぐだとリビングへ下り、その様子を見たワタルの母からナナとワタルは雪かきという命令を受けたのだった。


「倉庫にシャベル入ってるはずだから」

「じゃあ私はうちのを持ってくるね」


 母やナナに流されて、いつの間にかワタルはシャベル片手に玄関前の雪かきをしていた。

 かれこれ30分ほど一人で必死に雪かきをしている。

 一緒にやるはずのナナが自宅にシャベルを取りに行ったまま戻ってこないのだ。


「ワタルー!」


 いいかげん様子を見に行くべきか悩んでいたところに、家の裏側からナナの声が聞こえた。

 ぐしゃ、ぐしゃと雪を踏みしめながらシャベルを片手に持ち、反対側の手には緑色の何かを持って小走りで向かってくるナナ。


「みてみて、これ!懐かしくない?」

「なにそれ」


 はぁはぁと息を切らせながら走ってきたナナは持っていた緑のプラスチックっぽいものをワタルに見せた。

 渡されたものをワタルがみると、子供のころによく遊んでいたプラスチックの型。よく砂場とかで砂を固めたりするあの型だった。形はカエルである。


「懐かしくて持って来ちゃった!」

「それで遅かったのか」

「こんなの見つけたらやることは一つ!凍らせる!」

「そこは雪じゃないんだ」

「こんなに寒いんだよ?凍らせなきゃ!」

「え、ちょっと」

「お家で固めてくるね!シャベル、ここ置いておくよ!」

「おい!」

「すぐ戻ってくるから!」


 ワタルはナナを止めようと腕を掴もうとするが、ナナはその腕をすり抜け走っていってしまた。


「ワタル、先にやっといてね~」

「おまっ」


 ワタルが続けようとしたら門の扉の締まる音でかき消されてしまった。

 その後、戻ってきたナナとワタルは雪かきし、凍らせたものを見ようと半分無理やりナナの家に連れてこられたワタルだった。

 ナナ曰く、水に入れて外に運ぶのが面倒だったらしく、家の冷凍室に水を張ったあのプラスチックのカエルの型を入れてきたそうだ。

 季節も雪も関係なかったという始末である。

 ワタルは今日何度目かになるため息をつきながら、ナナと冷蔵室をあけたら冒頭の通り凍ったカエルが飛び出してきたのだった。




「というわけで、わしはこうして話せるのだが」


 一瞬飛んでいたワタルの意識はカエルの言葉で戻ってきた。

 話を聞いていなかった間、どんな事を言っていたのか非常に気になるのだが、少々説教くさいカエルのことなので後でナナに聞こうと口をふさいだ。果たして馬鹿なナナが聞いた話を理解して覚えているのかは謎ではあるが。

 カエルはいつの間にかお椀に乗っていた。

 部屋が暖かくなってきたからか、溶けるスピードが早くなっている。

 それを気にしたナナがお椀を持って来てカエルに入ってもらったのだ。

 このまま放っていたらいつかは解けきってしまうのだろうか。ナナは寂しがるだろうな。


「それじゃ、そろそろわしは休むとするか」


 そんなことを言いながらカエルはお椀から飛び上がってテーブルの上におりた。


「え、消えちゃうの?せっかく仲良くなれたのに」

「いやいやいや、仲良く、なったのか?」

「ナナが寂しがってくれるのは嬉しいがなぁ」


 カエルはナナを見上げた後、冷蔵庫の方へと跳ねていく。

 二人はそのカエルの後を追って、冷蔵庫の前までやってきた。


「大丈夫じゃ」

「ん?」


 二人の頭にははてなが浮かんだ。


「またすぐに会えるからな」


 冷蔵庫を開けて冷凍室の扉の端に手を引っ掛け、扉を開けるカエル。「じゃあの」と言いながら扉の内側に消えていった。


「どういう事!?」


 二人そろって声を上げながら冷凍室の扉を開けると、カエルはあのプラスチックの型の中に入りながら、凍りきっていない水を型内に流し込んでいた。


「なんじゃ、のぞきか?」


 ケロケロと愉快そうに笑うカエル。


「溶けて消えるんじゃ・・・」

「なーにを。大丈夫じゃ。また凍れば元の大きさに戻るしのう。せっかくもらった体なんじゃ。気が済むまで居させてもらうぞ」

「え、ここに住むの?」

「もちのろんじゃ」

「えぇ・・・」


 ナナはまた床に四つんばいになった。何だろう、この何とも言えない気持ちは。


「ナナ、そこからどいて。邪魔」

「何なんだろう・・・この気持ち・・・」

「分かるけど・・・」


 開けっ放しの冷凍室から冷えた空気が流れ出していた。


「ところで、おまえさんたち」


 水を補給し終えたのか、カエルは型枠に肘をつきながらワタルたちに話しかけてきた。


「わしのことは自分でできるが、外のやつらはどうするんじゃ?」

「外?」


 二人は顔を見合わせた。


「雪のやつらがさっきから騒いでおるぞ」

「雪?」


 騒いでいる?

 確かにさっきからどこからともなくケロケロと声が聞こえてきていた。


「あやつらは外が住処だし、放っておいても大丈夫だとは思うがな」


 ワタルは嫌な予感に駆られ、一番近い窓に走りよってカーテンを勢いよく開けた。

 そこには真っ白で大小様々なカエル、カエル、そしてカエル。


「ナナー!」

「いやあああああ」

「それじゃ、おまえさんたち。おやすみじゃ」


 パタンと締まった冷凍室を背後に、ナナとワタルは窓際に勢ぞろいする何十匹の雪でできたカエルたちに何も言う事が出来なかった。




 その日の夜、ナナの家ではワタルに叱られるナナが居たらしい。

 ナナの両親はなぜナナが怒られているのかよく分からなかったが、ワタルがナナに砂遊びで使うプラスチックの型で安易にものを固めるな、と言っていたのを聞いていた。どうやらナナが雪をたくさん固めて遊んでいたらしい。そこまで怒ることかなとは思ったが、ナナがおばかなことを仕出かすのはいつものことなので、ナナの両親は特に仲裁には入らなかった。

 そして、その日から数日間、ナナとワタルの家の周りでは季節はずれのカエルの声が聞こえていたとか。

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